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 やきもちも恋のスパイス<Final>  彼に恋した10日間・番外編

『琴子?琴子?・・・ほら、琴子。そんなところで寝てると風邪ひくぞ。』

ふと目を開けると、入江君がとても優しい顔をして私の顔を覗きこんでいた。
私は、なんだか不思議な感じがして、思わず入江君に尋ねた。
『入江君?ねえ、怒ってたんじゃないの?』
『何を怒ることがあるんだ?お前を不安にさせたオレが悪いんじゃないか・・・』
入江君は、やはり笑顔のままで答えると私に向かって両手を広げて見せた。
私は、ずっと不安だった気持ちも手伝って、しゃくりあげながら入江君に抱きついた。
入江君は、私の頬に自分の頬をすりよせるようにして『何も心配するな』と言ってくれた。

―んっ?でも・・・なんか変!・・・

そう・・・私の抱きしめている入江君は、なんだか随分と毛深いような気がした。
それに、私の頬に当てられた入江君の頬は、妙に湿っぽいし・・・

―はっ!!

その瞬間、私は本当に目を覚まして今自分が抱きしめているモノをマジマジと見つめた。
「チビ!!・・・」

私は夢の中とのギャップに驚いて、私のほっぺたを気持ち良さそうに舐めていたチビを払いのけて
いた。
突然私に突き飛ばされたチビは、少し離れた所から私に向かって寂しげに「クーン」と鳴いた。

「あっ、チビ。ごめんごめん。・・・入江君だと思ってたから・・・ホントごめんね」
私は、すぐにまたチビを引き寄せてその頭を撫でてやった。
すると、チビも尻尾を振りながらまた私の傍らに寄り添った。

私の声が聞こえたからかお義母さんがキッチンから顔を出した。
「あら、琴子ちゃん!やっとお目覚めね・・・ソファなんかで眠っちゃって、随分と疲れたのね〜!」

私は、部屋で一人で入江君を待っているのが嫌で、お義母さんと話しでもしようと1階に降りて来た
ことを思い出した。
それでも結局、忙しそうにしているお義母さんがちょっとキッチンに立った隙に、夜勤だった疲れも
手伝ってリビングのソファで眠ってしまったらしい・・・

「直樹君は、まだですか?・・・」
私は、チビを撫でながらお義母さんに聞いた。
すると、お義母さんは仕事の手を止めて私の隣に腰掛けながら答えた。
「ええ、まだよ・・・ところで琴子ちゃん?なんだか時々入江君、入江君ってうなされてるみたいだっ
たけど、お兄ちゃんと何かあったの?」

―私、寝言も言ってたんだ・・・目覚める時は結構幸せな場面だったのにな・・・

それでもすぐに帰り間際の入江君の恐い顔が浮かんできて、私は思わずお義母さんに泣きついた。
「お義母さーん・・・直樹くんがね・・・」

お義母さんは、時折「あらまあ」とか「なんですって!」などと合の手を入れながら私の話しを聞い
ていた。

「もう、直樹くんのあんなに怒った顔、久しぶりに見ました・・・まあ、私が悪いんだから仕方ないん
ですけどね・・・」
私は、泣き笑いの顔でお義母さんに言った。

「そんなことないわよ、琴子ちゃん!琴子ちゃんは悪くないわ。一番いけないのはどんなことでも包
み隠さず琴子ちゃんに話さないお兄ちゃんがいけないのよ!いつも不安にさせてばかりいるんです
もの!」
お義母さんは、私の両肩をゆすりながら興奮気味に言ってくれた。

「お義母さーーーん!」
私は、思わずお義母さんに抱きついた。
ところが、その時突然背後から思いもよらない声が聞こえて来て、私は飛び上るほど驚いた。

「誰が一番悪いって?・・・」

―えっ?・・・えええ〜〜入江君?

「あら、お兄ちゃんおかえりなさい」
さすがにお義母さんは、まったく何も気にしていない様子でいつものように入江君に声を掛けている。

―でも、私はムリ〜〜!

私は、お義母さんにしがみついたまま恐くて振り向くことすらできない・・・
すると、そこにさらに追い打ちをかけるような入江君の声が聞こえた。
「琴子!来いよ」

「う、うん・・・」
私は、引きつった顔でお義母さんから離れると立ちあがった。
すると、お義母さんも一緒に立ちあがって私の肩を抱きながら入江君に向かって言った。
「お兄ちゃん!琴子ちゃんのこと怒るの?・・・」

入江君は、私とお義母さんの顔を交互に見ながら呆れたようにため息をつくと、何も言わずに
私達の前まで来るといきなり私の手首を掴んだ。
「オフクロは黙っててくれ・・・とにかく来い!」

私は、入江君に引きずられるようにして2階の部屋に戻った。
何も言わず、振り向きもしない入江君の背中をじっと見つめながら、私はこんなにも入江君を怒らせ
てしまった自分の行動をこれまでにない程に後悔していた。



部屋に入ると、入江君は私の手首を離して荷物をデスクの上に置くと椅子に腰かけて振り返った。
私は部屋の真ん中に棒立ちのまま、入江君が何を言い出すのかドキドキしながら待っていた。
入江君が話し始めるまでのほんの少しの時間が、とてつもなく長く感じられた。
ところが、めまいがしそうなほど緊張して身構えている中で、入江君が最初に言った言葉はあまりに
も意外なものだった。
「お前、帰って来てから少しは眠ったか?・・・」

「へっ?・・・」
いきなり怒鳴りつけられると思っていた私は、思わず素っ頓狂な声を上げていた。

「何だよ、その声・・・ちゃんと眠ったかって聞いてんだよ」
入江君は、苦笑いを浮かべながらもう一度私に聞いた。

「う、うん・・・さっきまで下のソファでぐっすり・・・」
私は、チビを抱きしめながら目覚めた時の夢を思い出しながら答えた。

「まったく・・・インフルエンザが流行り出してることくらいお前だって知ってるだろ?夜勤明けのクセし
てあんな時間まで病院にいやがって、・・・どうせ飯も食わずにろうろしてたんだろ?」
入江君は、ほっとしたような顔をして別段怒っている風もなくつぶやいた。

―えっ?・・・

私は、思いのほか優しい口調の入江君に戸惑いながら、ふと夢の中と同じセリフを言ってみた。
「入江君?ねえ、怒ってたんじゃないの?」

「なにを?・・・」
入江君は、なぜかニヤリとしながら私を見た。

「えっ?・・・だ、だから私が入江君と実習生を尾行してたこと・・・」
私は、予想外の展開に自分からつい罪を認めるような発言をしていた。

「ふーん、やっぱりあれは尾行してたのか・・・」
入江君は、天井を仰ぎながら素知らぬ顔で答えた。
なぜか、入江君は笑いを堪えているように見えた。

「えっ?えっ?・・・そのことを怒ってたんじゃないの?」
私は、わけがわからず思わず入江君の前に駆け寄って顔を覗きこんでいた。
すると、入江君は私の顔に向き直ると、さらにニヤリと笑いながら答えた。
「そんなこと今に始まったことじゃないだろ?・・・別に怒る気にもならねえよ」

―ええ〜〜そうなの〜〜???

私は、拍子抜けしたのと安心したのが重なって、思わず入江君の前にヘナヘナと座りこんでしまった。
入江君は、私を見降ろしながら笑いをかみ殺しているようで、そんな入江君を見ていたら、今度は急
に腹が立ってきた私は、座り込んだまま入江君に文句を言った。
「ど、どうして実習生が女の子だって先に教えておいてくれなかったの?・・・最初からわかってれば
私だってあんなこと・・・」「しなかったか?・・・」
入江君のからかうような言葉が、私の言葉を途中で遮った。

―えっ?・・・

「オレがちゃんと言ってたら、あんなことしなかったって言えるか?・・・」
「えっ?・・・そ、それは・・・」
言い淀む私に、入江君はほら見たことかといった顔で私を見降ろした。
私は、自分の胸に手を当てて考えてみた。
実習生が女の子だと入江君が最初から私に教えてくれていたら私はあんなことをしなかっただろう
か・・・

「だいたい、相手は実習生なんだぞ。これから医者になろうって奴に男も女も関係ないだろ?・・・」
入江君は、ため息を付きながらそう言った。

信じてないわけじゃない、入江君が他の人に心変わりするはずなど絶対にないと頭ではわかってい
ても、心に芽生えた小さな不安は、それを取り除くまでどこまでも大きくなっていく・・・
そうなれば、きっと私は・・・

―だから、やっぱりちゃんと言って欲しかったよ・・・

「西垣先生に実習生を引き受けてくれって頼まれた時から、こうなることはわかってたさ・・・」
入江君は、足元に座っている私のおでこを指で弾きながらそう言うと、ふっと笑ってデスクのパソコン
の電源を入れた。

「じゃ、じゃあどうしてあんなに恐い顔して”すぐに帰れ”って言ったの?・・・」
私が尋ねると、入江君はもう私の方も見ないで答えた。
「オレの顔が恐く見えたのは、お前の心にやましい気持ちがあるからだろ?・・・オレはそんなつもり
はなかったぜ」

―ふーん・・・何でもお見通しなんだね・・・

私は、床に座り込んだまま入江君に背中を向けると、なんだか割り切れない思いでうつむいた。

―なんか悔しいな・・・私はすごく後悔して自己嫌悪に陥って、おまけにあんな場面見せられてなん
 か傷ついちゃったし・・・

私の脳裏には、入江君が実習生を抱いて初療室に飛び込んできた場面が浮かんでいた。
医者として当たり前の行動だとしても、やはりあんなシーンを目の前で見た衝撃は大きい・・・

―あそこは病院なんだから、担架だってストレッチャーだって車いすだってあるのにさ・・・なにも私
の目の前で抱きあげなくたって・・・私だってして欲しいけど、してって言えないし、言っても絶対にし
てくれないし・・・

自分でも何が何だかわからないまま、不満の矛先があらぬ方に向いたそんな時だった・・・
床に指で丸を書きながら悶々としていた私は、不意に体が浮き上がる感覚に思わず悲鳴を上げた。
見ると目の前に入江君の顔・・・たった今まで座っていた床ははるか下で・・・

「何をさっきからぶつぶつ言ってんだよ・・・」
入江君が、私を抱き上げながら顔を覗きこむようにして言った。

「えっ?・・・」
私は入江君の顔を呆けたように見つめていた。

「ほら、ちゃんとつかまれよ・・・どうだ?これで満足か?・・・」
「ね、ねえ?・・・入江君って私の心の中の声も聞こえるの?」
「はあ?何言ってんだ?・・・ぶつぶつ聞えよがしに言ったんじゃないのか?・・・」
「ええ〜〜!!」

私は、どうやら自分でも気づかない内に不満を声に出してつぶやいていたらしい・・・
入江君は、私を抱き上げたまま私の反応を面白がっているようだった。

私は、恥ずかしさと嬉しさで、思わず顔を見られないように入江君の首にしがみついた。

―こんなの反則だよ・・・

私は、今度はしっかりと唇を結んで心の中で文句を言った。


「琴子ちゃ―ん、お兄ちゃーん!・・・ご飯が出来たわよ〜降りていらっしゃーい!!」
お義母さんの声が階段の下から聞こえた。
私は、入江君にしがみついたまま「はーい」と大きな声で答えた。

「ご飯だって。下に行かなきゃ・・・」
私は、入江君の目を見ずに言うとその腕の中から降りようとして体を動かした。
しかし、入江君はそれを止めるように私をさらに持ち上げると、その反動で近づいた顔を寄せてキス
をくれた。

私はほっとした思いと、入江君の優しさに思わず涙が込み上げてくるのを堪えながら言った。
「入江君、大好き・・・ホントに大好きだからね!」

「ああ、わかってる・・・」
入江君は、いつものようにちょっと呆れた言い方で答えると、ニヤリと笑いながら不意に手を離して
私をベッドの上に落とした。
そして、私が驚きながらベッドの上でもんどり打っている間に、一人で部屋を出ていってしまった。

「もう〜酷いじゃない!!」
私は、入江君が出ていったドアに向かって文句を言った。

しかし私は、文句を言いながらあらためて気づいていた。
入江君は、私が何度「大好き」と言っても、必ずちゃんと受け止めてくれることに。
「オレも好きだよ」とは言ってくれなくても、決して聞きあきたなどと言わないでいてくれることに。
いつも一人で暴走して、勝手に不安になったりやきもちを焼いている私を、最後にはこうして安心さ
せてくれることにも・・・

―ん?・・・もしかして入江君も面白がってるとか?・・・

ふと、そんな思いが頭をよぎって、苦笑いが浮かぶ。
それでも、それならなおのこと入江君が私を大事にしてくれているからだと思うこともできた。

「おい、琴子!何やってんだ。早く降りて来いよ!」
階下から入江君の声がして、私は慌てて部屋を飛び出した。

どんなにいつもは冷たくても、入江君がふとした時に見せてくれる優しさは私を心から幸せにしてく
れる・・・その度に、益々入江君が好きになって行く。
入江君が素敵過ぎてあんまりにも大好きだから、もうこれきりでやきもち焼いたりしないなんて約束
はできないけど、私の気持ちは絶対に変わらない・・・

―やきもちも時には恋のスパイスだね・・・


だってほら・・・私は、昨日よりももっともっと今日の入江君が大好きだから。


                                             END


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