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 優しさで飾られたクリスマスケーキ

私は、あわてて入江君に電話をかけていた。


―あーん、入江君出て出て!


私は携帯電話に耳を押し当てて、頭の中で呼び出し音を数えていた。


―4回、5回、6回・・・


「もしもし、どうした?」
入江君の声・・・それほど怒った感じじゃない。

私は、ほっとしながら、見えもしないのに精一杯の笑顔を作って話しかけた。
「い、入江君?仕事中にごめんね。お願いがあって電話したの・・・」



今日は、クリスマスイブ・・・お義父さんお義母さんと裕樹くんは、毎年恒例のパンダイ
のクリスマスパーティーがあって出かけてしまった。
私は仕事がお休みで、入江君は日勤で夕方には帰ってくる・・・


―つ・ま・り・・・入江君と二人きりのクリスマスイブなんだ。


本当はパンダイのパーティーに誘われたんだけど、入江君が絶対に嫌だっていうから
私も行かずに済んだ。
お義母さんが、クリスマス用のローストチキンを、あとはオーブンに入れるだけでいい様
に準備して行ってくれた。
サラダくらいは、自分でも作れる。
そして、ついさっきチキンを焼き始めた矢先に、私は重大な忘れ物をしていることに気が
ついた。


「なんだよ、お願いって・・・オレ、もう病院を出るところだぞ」
入江君の言い方は、いつものごとく素っ気ない。


「わあ、それならちょうど良かった!あのね・・・せっかくお義母さんがチキンを用意してく
れて、二人でクリスマスパーティーが出来ると思ってたのに、私ったらケーキを買うの忘
れちゃったの・・・でもね、今オーブンに火が入ってるから買いに行けないの・・・」
返って来る答えは、NOが80%、YESが20%・・・


「わかった、買って帰るよ・・・おい、その前に家が火事でなくなってるなんてことにならな
いように、ちゃんとオーブンを見張ってろよ」
以外にも、簡単にOKが出て拍子抜け・・・ひと言多いのはいつものこと。


「ホント?!・・・ありがとう。じゃあ、待ってるね!」
私は、ウキウキとした気持ちで電話を切ると、言われたとおりにオーブンを覗いた。
見るとチキンの皮目にきれいな焼き色が付き始め、いい香りがキッチンに広がり始める。
オーブンのタイマーを見ると、あと20分程で焼きあがる・・・入江君は、ケーキを買っても
1時間もしないで帰ってくるだろう。

私は、冷蔵庫から野菜を取り出すと、サラダを作り始めた・・・包丁と格闘している間に
いつの間にかチキンも焼き上がった。


―あとは、入江君が帰ってくるのを待つだけ・・・


私は、椅子に腰掛けると、入江君がケーキを買っている姿を想像しながら、綺麗に飾り
付けしたテーブルに頭を乗せた。


―そういえば、前に一度だけ入江君がケーキを買ってきてくれたことがあったな・・・


そんなことを考えていると、ふと眠気が襲ってくる・・・


―だめだめ、寝ちゃだめよ・・・もうすぐ入江君が帰ってくるんだから・・・


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入江君が、どんな顔でケーキを買うのかと思うと、なんだか笑いが込み上げてくる。
生クリームのケーキを選ぶのかしら?それともチョコレートケーキ?・・・


―そうだ!迎えに行ってみよう!


私は、唐突にそう思い立って家を出た。
あっという間に街に着き、行きつけのケーキ屋さんが見えてきた。
ガラスの自動ドアの前に立って中を覗きこむと、どうやら入江君はまだ来ていないらしい。


―今日はグレーのパーカーを着てたよね・・・


私は、ケーキ屋さんの外に立って入江君が現れるのを待っていた。
さすがにクリスマスイブだけあって、お客さんがひっきりなしに訪れ、私の横の自動ドア
は休むことなく開閉を繰り返している。
そしてまた自動ドアが開いて、ケーキの箱を抱えた人が出て来た時、ふと聞こえてきた
声に、私は釘付けになった。


「このケーキにもっとたくさんクリスマスの飾りをつけてはもらえませんか?」


―えっ?この声って・・・


私は、恐る恐る店の中を覗いた。
ケーキのショーウィンドーの前に、黒いスーツを着た男の人の後姿が見えた。

私は店の中には入らずに、その人の顔が見える位置まで移動した。
そして、その顔を見たとたん、驚きのあまり叫んでしまいそうだった。

―い、入江・・・くん・・・?

確かに、それは入江君だった。
だけど、それは入江君ではなかった。
ううん・・・そうじゃない。
それは、今の入江君じゃなかった・・・


だって、今まさにケーキを買おうとしているその入江君は、黒いタキシードを着てて、髪が
長くて、フライドチキンの丸い箱をかかえてて・・・


―こ、この入江君は・・・


そう、思い当たることはただひとつだった。
あれは、ひとりぼっちで過ごすはずだったクリスマス・・・じんこにも理美にも振られて、入
江君は家族でパンダイのパーティーへ行ってしまったあのクリスマス。
突然、ひとりで帰ってきた入江君と思いもよらず二人きりのクリスマスを過ごすことが出来
て、とても幸せだった片思いしていたころの私・・・

―どうして、その時の入江君がここに?・・・違う!どうして私がここにいるの?

この時、私は家にいるはずで、それにこれはもう何年も前のことで・・・
もう私の頭はパンク寸前だった。


―これは夢?・・・それとも、私はタイムスリップでもしてしまったの?

私は、胸に手をあてて大きく深呼吸すると、もう一度振り向いた。
今まさに箱に入れられたケーキを受け取ろうとしている入江君が目に入る。
その時、再び自動ドアが開き入江君の声が聞こえてきた。


「無理言ってすみませんでした・・・家で待ってる奴が、こういうのが大好きなんですよ。
これできっと喜びます」
入江くんは、店員に向かって笑顔で頭を下げている。


―えっ?・・・家で待ってる奴って・・・私のこと?

私は、思いもよらない入江君の言葉に、思わずその場に立ち尽くしていて、入江君が自動
ドアの前まで迫っていることにすら気がつかないでいた。
自動ドアが開き、目の前にタキシードの蝶ネクタイが見えた瞬間、私は横を向いてその場
にしゃがみこんだ。
それを、自分のせいでうずくまったと勘違いしたのか、入江君が驚いて私に話しかけてくる。
「あの・・・大丈夫ですか?・・・あの・・・」
入江君が心配そうに私の肩をたたく。


―ああ、どうしよう・・・私は、この時の私じゃないのに、入江君に見つかっちゃうよーー!


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「おい、琴子!起きろよ。そんなところで寝てたら風邪ひくぞ!」


―ああ、見つかっちゃう!どうしよう・・・どうしよう・・・えっ?今、琴子って言った?


私は、はっとして目を開けた。
目の前に、ローストチキンと、ケーキの箱が見える。
見上げると、入江君が呆れ顔で私を見下ろしていた。


「なんだよ、こんな日にオレにケーキ買いに行かせてお前はうたた寝かよ・・・ケーキ屋が
すごく混んでて、遅くなっちまった」
入江君は、グレーのパーカを脱ぎながら言った。
そう、今ここにいる入江君は、タキシードも着ていないし、髪も長くない・・・もちろん、フライ
ドチキンの丸い箱も持ってはいなかった。

―ゆ、夢だったの?・・・


それにしては、あまりにも全てをはっきりと覚えていた。
クリスマスソングで賑やかな街、金や銀のモールで飾られたショーウインドウ、赤や緑
のイルミネーションに彩られた街路樹。
そして、あの時聞こえてきた入江君の声も・・・

あの時入江君は、わざわざケーキにもっとたくさん飾りをつけてくれるように頼んでいた。
そして言ってた・・・「家で待ってる奴がこういうのが大好きだ」って・・・

私は、胸が熱くなるのを感じていた。
あの頃は私の一方的な片思いだった頃で、入江君はちっとも優しくはなかったけど、それ
でも私は、入江君がいつもさりげなく私を助けてくれていることを感じていた。
だから、好きでいることをやめられなかった。

今は私の旦那さまだけど、今もあの頃と変わらず私を甘やかしたりはしない。
それでも、いつでも私のことを一番に考えてくれていることを私は知っている・・・

「琴子?何ボーっとしてんだ?・・・腹減ったよ。着替えてくるから早くメシにしてくれよ・・・」
入江君は、私のことを不審げに見ながら、階段を上がっていった。


「う、うん・・・すぐ食べられるようにするから・・・」
私は、我に返って椅子から立ち上がった。
テーブルにお皿やグラスを並べ、最後にケーキを箱から出す。
私は、なぜかドキドキと胸が高鳴り、目をつぶってからケーキを箱から引き出した。

そっと目を開けて見る。

―やっぱり・・・

そこには、サンタやもみの木の飾りがいっぱいついたクリスマスケーキがあった。

着替えを済ませて、ダイニングに戻ってきた入江君は、ケーキに見とれている私の顔を
後ろから覗き込んで来た。

「どうした?なんだかお前変だぞ・・・」


「ねえ、入江君?・・・このケーキって本当はちょっとしか飾りなんかついてないのに、私の
ためにわざわざたくさんの飾りをつけてもらったの?」
私は、私の肩にあごをのせている入江君に顔を向けて聞いた。

入江君が驚いた顔をして、私を見る。
「ど、どうしてそれを知ってるんだ?・・・」

私はたまらなくなって、入江君に抱きついた。
あのほんのうたた寝の間に見たものは、夢だったのかそれとも現実だったのか・・・
ただ、あのひとりぼっちのクリスマスに、チビが心配だったから帰ってきたんだと言って
譲らなかった入江君だったけど、本当は私のために帰ってきてくれたんだと今はっきりと
信じることが出来た気がした。
あの頃から、ちゃんと私のことを考えてくれていたんだってね・・・


「お、おい・・・やっぱりお前変だぞ・・・それともまだ寝ぼけてるのか?」
入江君が、戸惑ったように言う。

「いいの、少しの間でいいから、このままでいて・・・」
私は、入江君の胸に顔を埋めたままつぶやいた。

入江君がそっと私の背中に手を回して抱きしめてくれた。
私は、嬉しくて幸せで涙が零れそうだった。

「ねえ、入江君・・・今日はね、私にとって、今までで一番最高のクリスマスなの・・・」
「ふーん、でもプレゼントなんてないぞ・・・」
「えっ?そんなのいらないよ。入江君と二人きりのクリスマスが出来るだけで幸せだから・・・」


―ねえ、プレゼントはもらったよ・・・あの日と同じ、入江君の優しさで飾られたクリスマスケーキ。


ずっとずっと、大好きだからね・・・入江君、メリークリスマス!


                                                    END



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