≪Menu
 会いたくて会いたくて・・・<Naoki version>


ポケットの中で、携帯が振動した。
オレは、すぐに携帯を取り出すと、メールを開いた。

<今から行く!どこにいるの?>

オレは、一瞬ニヤリと笑って、そのメールに返信をした・・・ただひとこと<医局>と書いて・・・
わき目もふらずに、ここへ走りこんでくる琴子を思い浮かべると、笑いが込み上げる。

オレは、顔を引き締めながら立ち上がると、医局長に声を掛けた。
「すみませんが、オレ今夜は帰らせてもらってもいいですか?」

医局長は、デスクに広げたカルテから顔を上げると、一瞬困ったような顔をしてから、それでも
すぐに笑顔になって言った。
「ああ、君も今夜も泊まったら、こんなところに3泊もすることになるからな・・・家に帰ってゆっく
り風呂にでも入るといい」

「ありがとうございます」
オレは、医局長に頭を下げてから、隣のデスクの医師にも声をかけた。
「もうすぐ、うちのがここへ来ると思うんで、来たらオレは屋上にいると言ってやってください」

オレは、医局を出ると、まずは両手を上にあげて大きく伸びをした。
そして、もうすぐここへやってくる琴子を思いながら、屋上へあがる階段を上っていった。

屋上に出ると、ちょうど真正面に大きな夕陽が、今まさにビルの谷間に沈もうとしていた。
少し気の早い街灯の明かりと、今日最後の光を放つ太陽の交点を見つめながら、オレは琴子
の足音を待っていた。

オレは、どんな顔をして琴子がここへやってくるのか、ワクワクしながらあえて屋上の入り口
に背を向けていた。

「い、入江君?・・・」

その声は、少し気がそれていたら聞き逃してしまいそうなほど小さな声・・・
何を、そんなに弱気になっているのか・・・

「遅い!・・・メールしてからいつまで待たせるんだよ!」
オレは、琴子に背を向けたまま少し強い口調で言うと、きっとすでに目に涙をいっぱいに溜め
ている琴子の顔を想像しながら振り向いた。

―思った通りだ・・・

琴子は、本当に目に涙をいっぱいに溜めて、それでいて何か半信半疑な顔をして屋上の入り
口に立っていた。

―たった二日離れただけで、そんな顔するなよ・・・

骨折をして入院している時に、桔梗から聞かされた話が蘇り、「オレが無事でよかった」と思っ
たあの時の深い安堵と、切ない気持ちが胸に広がった。
どんな時でも、オレのことだけで目一杯な琴子が、今どんな気持ちでそこに立っているかが手
に取るようにわかる。

だから、オレは両手を広げて、琴子に笑いかけた・・・

―早く来い。

泣きべそをかいた琴子の顔が一瞬のうちに輝きを取り戻し、オレの胸に飛び込んでくる。
オレの背中に回された琴子の腕に力が入り、琴子のぬくもりを感じた時、オレはオレ自身もこ
の瞬間を待ちわびていたことを実感していた。

「もう、会いたくて会いたくて・・・本当に、狂いそうなほど会いたくて・・・」
オレの胸に顔を押し付けながら、琴子が堰を切ったように訴える。

「そうだろうと思ってたよ・・・まったく、余計な気をつかいやがって・・・」

「だって・・・だって・・・」
琴子がしゃくりあげながら、言い訳を口にしようとするのを、オレは抱きしめる腕に力を入れて
遮った。

「わかってるよ・・・わかってるから、もう何も言うなよ。だいたい、そんなに会いたいなら、何で
昨夜医局へ来た時に顔を見ていかないんだよ。お陰で、オレまで調子狂っちゃったじゃないか」
オレは、今回の琴子の行動で一番疑問に思っていることを口にした・・・
たとえ、琴子がオレに負担をかけないようにと、まとわり付くのを我慢していたとしても、昨夜の
行動だけは、どうしてもオレには納得できなかった。

オレを廊下の隅にでも引っ張っていって、おやすみのキスをねだるくらいのほうが、よっぽど
琴子らしい・・・
すると、オレの腕の中でやっと落ち着いたらしい琴子が、思いもかけない意外なことを口にした。

「うん・・・だって、入江君は医局にいなかったし、きっと忙しいだろうし、なんだか入江君が骨
折しちゃったときのこと思い出しちゃって・・・それにね、お義母さんも会わないで帰ってきた方
がいいって言ったから・・・」

―どうして、ここでオフクロが出てくるんだ?・・・

そして、オフクロが琴子に言ったという言葉を聞かされたオレは、唖然として琴子に聞き返した。

「オフクロが、そう言ったのか?」
「うん」
「オレに会わずに帰って来いって?」
「うん、そう言った」

―なんてことだ!

オレは、堪えきれずに笑い出した。
まさか、オフクロの策略だったなんて・・・
ただでさえ、あまり顔を合わせていない琴子が、夜食を届けに来た時でさえ顔を出さなかった
ら、きっとオレの方で琴子を探し始めると、オフクロは踏んだに違いない・・・

―オフクロの奴・・・まさかその辺でビデオなんて回してないだろうな・・・

笑いの止まらないオレを、琴子が驚いた顔で見上げている。
「え?・・・え?・・・どうしてそんなにおかしいの? ねえ、入江君、どうして?」

「あはは・・・まんまとオフクロにはめられたみたいだな・・・」
オフクロの勝ち誇った顔さえ浮かんでくる・・・

「お義母さんに?どういうこと?」

きょとんとした顔で聞き返す琴子に、オレはなんとか笑いを飲み込みながら「わからないなら
いいよ・・・」と囁いた。

このオレ様が、オフクロごときの心理作戦にみごとに引っかかったなどとは、プライドにかけて
琴子には言えそうになかった。
それに、琴子に変な知恵をつけるのも、考えものだ・・・

だから、オレも素直になって・・・それでも照れくさいから少し早口で琴子の耳元に囁いた。
「・・・ただ、会いたいって思っているのはお前だけじゃないってこと、覚えておけよ」

「ほ、ホント?・・・」
琴子が、信じられないといった顔でオレを見上げる・・・

―おいおい、オレのことまだそんな風に思ってるのかよ・・・

「ああ、ホントさ・・・」
オレは、小さなため息をひとつ漏らしながら答えた。
だいたい、オレがいつ琴子がまとわり付いていることを、負担だとか迷惑だとか言ったのか・・・
そんなこと、一度もないはずなのに・・・

琴子の思いは、どこまでも自分本位なんだ・・・オレがどれ程琴子を愛しているかなんて、考え
もしない。
そんな気持ちを証明するためにも、本当ならここでキスのひとつもしたいところだが、何よりも
先にここを抜け出すことが先決だと思い、なんとか踏みとどまった。

「さあ、今夜はもう帰ろう・・・これが鳴らないうちにな・・・」
オレは、胸のポケットから院内PHSを引き出して琴子の前にぶら下げながら言うと、すぐに琴
子の手を取って屋上の入り口に向かって走り出した。

慌ててオレの手を握り返してくる琴子を振り返ると、また目に涙を滲ませている・・・


オレ達、出会ってどれくらいたつかな・・・結婚して何年たった?・・・
たった二日で、泣きたくなる程オレに会いたいなんて、琴子の思いはどこまでも深く、熱い・・・

どうか、そのままで、ずっとそのままで・・・それがオレが今一番望んでいること。
そんな琴子だからこそ、オレはこんなにも愛しているのだから・・・


                                              END




Menu