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 琴子に落ちた夜

「入江君もずっと私のこと好きだったんでしょ?」
あのどしゃ降りの結婚式。
誓いのキスの前、突然琴子が言った言葉。

今、隣に眠る琴子の寝顔を見ながらふと思った。

―オレが琴子に落ちたのは、いつだったんだろう?って・・・



そう、あれは、オフクロが撮ったオレ達二人が一緒に眠っている写真が
学校のパソコンに一斉にアップされてしまった日の夜。
なんとかあの写真を琴子から取り上げようと、オレはこっそりと
琴子の部屋のドアをノックした。


しかし、部屋の中から返事はなく、諦めきれないオレはそっと琴子の
部屋のドアを開けた。

中に入ると、琴子は制服のまま机の上に頭を乗せて眠っていた。


机の上に目をやると、「入江君、あながたが好きです」と大きな文字が
目に飛び込んできた。
琴子の顔の前に無造作に開いたまま置かれたその手紙は、まさに
あの時、琴子がオレに渡そうとした手紙に違いないと思った。


オレはもっとよく見ようと、手紙に顔を近づけた。
すると、とても近くに琴子の寝息が聞こえ、ほんの少し目を上げると、
目の前に琴子の寝顔があった。


いつもオレを追い掛けて来る大きな瞳もその時は硬く閉じられ、
長いまつげが呼吸のリズムで揺れていた。



オレは、一瞬琴子の寝顔に見とれていた(たぶん)。
我に返って、そんな自分にどぎまぎしながら、こっそりと
琴子のラブレターを読んだ。


その内容は、とてもその時のオレには、理解できる代物ではなかった。
短絡的で、衝動的で、それでいて抗いがたいパワー・・・
オレとは対極にいる存在に思えた。


オレは毒気にあたったように、琴子の部屋を立ち去った。
しかし、きっと動揺もしていたのだろう・・・
手紙の下からみつけた、目当ての写真をそのまま
置いてきてしまったのだから。


その夜、オレは浅い眠りの中で何度も夢を見た。
「人を好きになるって、どういう気持ちだ?」
オレは暗闇の中で、誰にともなく問いかける。
すると、真っ暗な空間に、小さな光が見え、それがどんどんと
大きくなって行く、恐る恐るその光に近づくと、それは白いドア・・・
オレは、答えが見つかるような気がして、そのドアを一気に開放った。


すると、なぜかそこには小さな寝息をたてて眠る、琴子の姿があった。


結局、まんじりともしないで夜が明けた。


もちろん、その頃のオレにとってそれは悪夢以外の何ものでもなく、
オレは、オレ自身を完璧にコントロールできると思っていたから、
目が覚めれば、そんなことはおくびにも出さず、いつもと変わらぬ
朝を迎えた。


ただ、オレは気づいていなかった。
オレのこの鉄壁な自我でさえ突き抜けて芽吹いた、小さな芽の存在に・・・



その朝、通学バスの中で、琴子はいつものごとく痴漢に悩まされていた。
それまでのオレは一度も助けてやることなく、無視しづつけていたのに、
なぜか、その朝に限っては、無性にその痴漢に腹が立った。


衝動・・・


あの気持ちをそう表現するなら、きっとそうなのだろう。
気がつくとオレは、痴漢の腕を捻りあげていた。
琴子を安全な場所に移動させ、かばうようにオレが後ろに立った。



不思議な達成感だった。



あれが、琴子のためにオレが行動した最初の出来事だったかもしれない。


同じ家に住むことを認めたのも、試験で100番を取らせたのも、
結局は、自分の為だったのだから・・・


だから、あの夜がオレが琴子に落ちた時なんだろうと思う。
(自覚はまったくなかったけどね・・・)
そして、琴子はオレにとって、いろいろな意味で特別な存在になった。


でも、まだまだオレ達は、遥かに遠回りをすることになる。


オレ、いじわるだったよな?


随分泣かせたな?


でも・・・


そんなに前から、オレが琴子のことを好きだったなんて、
絶対に教えないけどな




                                    END



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