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 琴子の”夢”とタキシード

―くそっ!なんでオレまでこんなかっこしなきゃならないんだ。

オレは、鏡に映った自分の姿を見ながら何度も舌打ちをしていた。

結婚式以来の正装。
タキシードなんてもう二度と着たくないと思ってたのに・・・

「入江くーん、まだ仕度できないのー?出かける時間だよー!」
階下から琴子が呼ぶ声が聞こえる。

「ああ、今行く」
オレは、そっけなく返事をすると、裕樹を促して部屋を出た。
「お兄ちゃん、顔が怒ってるよ・・・」
裕樹が吹き出しそうな顔で、オレを見る。
「お前は、オヤジの会社を継ぐ人間だからいいかもしれないけど、オレは降りた人間
なんだからこんなパーティーは正直面倒なんだ。わかるだろ?」
階段を降りながら、つい愚痴が口を付いて出る。
「仕方がないよ。大泉会長がぜひ家族全員でっていうんだから・・・いろいろ世話になっ
てるんだし」


―まったく中学になると、随分と生意気な口きくようになるんだな・・・


「それに琴子が・・・」
相変わらずニヤけたままの裕樹がふいに言いよどむと、階段の下へと視線を向けた。
「えっ?琴子がなん・・・」
オレは聞き返しながら、裕樹につられて階段の下を見た。

オレはその後の言葉を飲み込むと、階段の途中で立ち止まった。

「もー遅い!・・・男達の方が、女の私達より仕度が遅いってどういうこと?・・・
どうせ行きたくなくてグズグズしてたんでしょ?お義父さんなんて、あっという間に
仕度ができてたわよ」
階段の下で待っていた琴子が、焦れた視線で見上げながら文句を言っている。

「へえ、琴子。馬子にも衣装だな・・・お兄ちゃんが、お前があんまりキレイなんで見
とれちゃってるぜ」
裕樹が、オレと琴子の顔を交互に見ながらさらにニヤついている。


「おい、裕樹!」
「やだぁ〜裕樹君ったら〜!」
オレは怒り、琴子は照れて同時に声を上げた。

「どう?お兄ちゃん?琴子ちゃんキレイでしょう?このドレス一緒に見立てたのよね〜
もうホントに楽しかったわ。娘がいるんだって実感しちゃって、もう嬉しくって」
オフクロのテンションもかなり上がっていると見えて、声が上ずっている。
「お義母さんだって、とっても綺麗ですよ〜入江君みたいな大きな息子がいるようには、
全然見えないです〜」
琴子とオフクロが、手を取り合って跳ねている。

―やれやれ・・・勝手にやってろ。

オレは、あえてコメントを避けた。
確かに一瞬、琴子の眩しさに目を奪われたのに、きっと口を付いて出る言葉は、また
琴子をがっかりさせるものに違いない・・・


―何も言わない方が、琴子のためでもあるんだ・・・
オレは、勝手な理屈で自分を納得させた。


「入江君のタキシード姿って、やっぱり素敵〜!これでやっと長年の夢が叶うのね〜」
琴子が、オレの頭の先からつま先までをうっとりとした顔で眺めてつぶやいた。

―えっ?夢って?・・・

オレが口にしようとした疑問は、奥から出てきたオヤジの言葉に遮られた。
「おっ、みんな揃ったな、じゃあ行こうか」
オヤジの号令がかかり、正装で決めたオレは行きたくもないパーティーに出るため
仕方なく家を出た。

―確かに・・・
オレは、車の中にいる時も、車を降りて会場へ向かって歩いている時も、チラチラ
と琴子を盗み見た。

髪をアップにしたうなじに、カールした後れ毛。
ほんのりと化粧をして、上気した頬。
大きなハートをかたどったピアスが、ライトに反射してキラキラ光る。
隣を歩く琴子の顔が、いつもより近く感じるのは、珍しくハイヒールなんて履いてる
からか・・・
どう見てもオフクロの趣味なレースのピンクのワンピースでも、膝丈のスカートが
小柄な琴子に良く似合っている・・・いつもならスニーカーを履いている足首の、い
つもなら靴下で見えないくるぶしに、なぜか胸がドキドキと高鳴った。

―参ったな・・・

オレは、あたりを伺う振りで立ち止まった。
オフクロと楽しげに話しながら、前を歩いていく琴子の後姿を見つめて、不覚にも
オレの鼓動はなかなか治まらなかった。


大泉グループのパーティーは、大きなホテルのホールを借り切って、とても盛大な
ものだった。
正直、まったく興味のないオレは、最後まで何のパーティーなのか知ろうともしなかったが・・・

一通りの挨拶を済ませ、やっとほっとして会場の隅に陣取ると、琴子がオレの腕に
自分の腕を絡ませて来た。
「少しの間でいいから、こうしていていい?」
周りの視線を気にしてか、琴子の言い方は随分と控えめだった。
「どうした?疲れたか?」
「ううん。そうじゃないの・・・こうやって、タキシード着た入江君と、パーティーに出る
のがずっと夢だったんだもん。でも、こんなに人がいっぱいいたんじゃ、手もつなげ
ないな、なんて思っちゃって・・・ぜいたくだよね?」
琴子は、一瞬上目遣いにオレを見ると、照れたようにうつむいた。

―そういえば、さっきも長年の夢だったって言ってたな・・・

「どんな夢だよ?」
オレは、呆れたように聞き返した。


「ほら、何年か前のクリスマスの時のこと覚えてない?・・・あの時の入江君のタキ
シード姿がずっと忘れられなかったんだぁ〜一緒にパーティーに行けなくて、すごく
悔しかったから・・・だからね、いつかまた入江君がタキシードを着る時には、絶対に
私もキレイなドレスを着て、入江君と腕を組んで歩きたいって思ってたの」
琴子の視線は、思い出をたどりながら、このきらびやかなパーティー会場と、あの
クリスマスの夜を彷徨っているようだった。

「結婚式でだって着たじゃないか」
「あれとこれとは違うの!」
やけに力を入れて琴子が言った。

―ふーん・・・そういうことか・・・

あの日のことはよく覚えている。
あの時のパーティーは、パンダイの創立記念パーティーだったから、ホスト役の
オヤジに連れまわされて、今みたいに会場の隅で、ゆっくりと座っている暇などな
かった。
次々と目の前に現れる見知らぬ人たちに挨拶をさせられ、数え切れない程の女性
を紹介された。

―ふっ・・・あの時、琴子はいなくて正解だったよな。いたら間違いなくやきもちで発狂
してただろうに。

「あれ?入江君なに笑ってるの?・・・」
「えっ?いや、ちょっと思い出し笑いだよ」
「ええ、なになに?気になるーーー!」
琴子が、オレの目をじっと見つめて話を促す・・・しかし、オレはそれを無視して琴子
の耳元に口を寄せて囁いた。

「なあ琴子?・・・こんなパーティー退屈なだけだから、二人で抜け出そう」

「えっ?・・・」
オレは、驚く琴子に考える暇もあたえず、その手を掴むと出口に向かって歩き出した。
途中で、立食の料理を皿に盛っている裕樹を見つけて歩み寄る。
「おい裕樹、オレと琴子は帰るからオヤジとオフクロに言っておいてくれ・・・なっ!」

「えっ?お兄ちゃん、またかよーー!マズイよー僕は知らないよー!」
裕樹の声が追いかけて来たが、かまいやしない。


「ねえ、入江君いいのー?お義父さんが後で困るんじゃないの?」
オレに引きずられるように歩きながら、琴子がしごくもっともなことを言う。
「お前の夢を叶えてやろうと思ってるのに、あんな堅苦しいパーティーにいる方が
いいのかよ」
オレは、自分の行動への照れもあって少し突き放したような言い方で琴子に言った。

「ええ?このまま帰るんじゃないの?」
琴子がきょとんとした顔で聞いてくる。
「あたり前だろ!」
オレは反応の鈍い琴子に焦れて、少し声を荒げた。
「デ、デートとか・・・してく・・・れるの?」
やっと事態を飲み込んでしどろもどろの琴子に、オレは振り向くと頷いて見せた。

「お前がキレイだから、もったいないだろ・・・ほら、泣かないで笑えよ」
すでに潤み始めた瞳を覗きこむと、オレはそっと琴子の肩を抱いた。

―泣き顔だろうと、笑顔だろうと、オレはお前の喜ぶ顔が見たいんだよ。



あのクリスマスの夜・・・
今から思えばオレだって、琴子と一緒にパーティーに出たかったんだ。
琴子もいると思っていたから、渋々でも出席することを承知したのに、琴子は女の
友情とやらを取ってパーティーには行かなかった。

―結局、はかない友情だったけどな・・・

パーティーが進む中、オレはひとりぽっちでイブを過ごしている琴子のことが気に
なって仕方がなかった。
結局は隙を見てパーティーを抜け出して、オレはまず街を歩いて買い物をした。

チキンとケーキ。

正直、ケーキ屋でケーキを買ったのは生まれて初めてだった。
イチゴのケーキもあったのに、あえて琴子の好きなチョコレートケーキを選んでいた。
・・・それも、琴子の喜びそうな飾りのいっぱいついたケーキを。
やたらと照れくさかったのを覚えているよ。

それでも、オレに気づいた時の琴子の反応が楽しみだったんだ。

―お化けよばわりされたけどな・・・

チキンをうまそうにほおばる琴子の顔が見たくて。
ケーキを見つけたときの琴子の喜ぶ顔が見たくて。
そうさ、二人きりのクリスマスイブを過ごしたかったんだ・・・


「ねえ、入江君聞いていい?」
「なんだよ。」
「あのクリスマスの夜って、ホントは私のために帰ってきてくれたんでしょ?」
「えっ?」
「私、すごく嬉しかったんだよ。チビのためだって言っても、初めて二人だけでクリス
マスを過ごせて・・・夢って、ずっと描いているとちゃんと叶うんだなって、あの時思っ
たんだ・・・だから、今日もクリスマスじゃないけど、すごく幸せ」


―そうさ、お前のために帰ったんだよ。



そして今・・・

―またひとつ、お前の小さな夢を叶えるよ。

いつも不器用なオレの態度に一喜一憂しているお前の、とびきりの笑顔を見たいから。
こんな時じゃないと、オレはなかなかお前の喜ぶ言葉も言ってやれないから。

「さて、これからどうする?・・・このかっこじゃ、かなり目立つよな。まずはどこかで
飯でも食うか。」
オレの言葉に、しばらく考え込んでいた琴子が、思いもよらないことを言った。
「うーん・・・ねえ、このまま歩いて家に帰ろう」

「えっ?・・・歩いてって、ここからじゃ、1時間以上かかるぞ」
オレは驚いて、琴子の顔を覗き込んだ。
「だって、入江君このままじゃ恥ずかしいでしょ?・・・私はその姿の入江君と手を
つないで歩けたらそれでいいもん。それで家に帰ってカップ麺でも食べよ・・・ねっ!」
琴子は、満面の笑みでオレを見上げた。


あたりを見回すと、オレたちはいつのまにかパーティーの行われているホテルに隣接
する公園の中を歩いていた。
すぐそこに見える街のネオンも喧騒も、不思議とここには届いてこない。

「お前がそれでいいんなら・・・」
「うん、それがいい!そうしよ。わーい、タキシードの入江君とデートだぁーー!」
「おい、あんまり大きな声で騒ぐなよ・・・」
「えへへ・・・」

琴子が嬉しそうにオレの手を握って歩き始める。
オレはそんな琴子の手を強く握って、引き戻した。

「ん?どうしたの入江君?」
「わすれものだよ・・・」
「えっ?」

振り向きざまの琴子の首に手をかけ、その顔を引き寄せる。
どぎまぎしている琴子の唇に、そっと唇を重ねた・・・

琴子が可愛くて、愛しくて、そうせずにはいられなかった。

―デートの始まりがKissっていうのも、いいだろう?

「さあ、帰ろうか」
「うん」

オレと琴子は、手をつないで歩き始めた。


「おい、そんな靴で1時間も歩けるか?途中で足が痛いなんていっても知らないからな!」
「大丈夫よ。これでも一応何度もはいたことあるんだから!」
「へえ、じゃあおぶってくれなんて絶対に言うなよ・・・」
「言わないわよ。いざとなったら裸足で歩くからいいもん!」

オレは、苦笑しながら数十分先の未来に思いを馳せた。
きっと、オレは琴子をおぶって歩いているに違いない・・・

「まあ、いいさ。今夜のオレは、お前には絶対に勝てそうにないからな・・・」
「えっ?入江君ったら何いってるの?」


時々、不思議に思うことがある・・・
琴子は、いつも不安そうにオレの顔色を見ている。
オレの言葉や態度に、振りまわされている。
それなのに、ふとした時にいとも簡単にオレの理性の壁を越えてくるときがあるんだ。
そうなったら、オレはもうお手上げだ。
Kissして、抱きしめて・・・そして・・・そんな瞬間の琴子をオレは一番愛している。



―琴子?オレたち、ずっとこうして一緒にいような。
 オレは絶対にこの手を離しはしないから・・・



                                           END



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