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 おき去りにされたプレゼント

ここ一週間程、どうも琴子の様子がおかしい・・・
あきらかにオレに隠れて何かしているように思える。

いつもなら、どんなに待たされてもオレと一緒に帰りたがるやつが、自分の授業が
終ればすぐに帰ってしまう。
どこかに寄り道でもしているのかと思ったが、オフクロや裕樹に聞くと、早々に家に
帰って来ていると言う・・・


―早くに家に帰って何をしているんだろう?・・・


オレは、あえて琴子に聞くでもなく様子を伺っていた。

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「ただいま」
オレは、玄関のドアを開けると、いつもと同じ調子で言った。
琴子に言わせると、『いつも不機嫌そう、いつも面倒くさそう』な言い方らしいが、別
に機嫌が悪いわけでも面倒くさいわけでもない。


―これがオレなんだ。


少し酔いの回った頭を振りながら、琴子の言ったことを勝手に思い出して、勝手に
怒りながら後ろ手にドアの鍵を閉めた。

今夜は医学部で、『懇親会』という名の飲み会があって帰りがすっかり遅くなってし
まった。賑やかな席は苦手なオレだから行くつもりはなかったが、教授直々のオフ
ァーがあっては断わるわけにもいかず、渋々出席した。

―ん?おかしいな・・・


<遅くなる>とメールした時、<起きて待ってるから>と返事をしてきた琴子が顔を
出さない。
当然、いつものように飛びつかんばかりの勢いで出迎えに出てくるだろうと思ってい
たオレは、ちょっと拍子抜けしながらスリッパに履き替えると、明かりの消えたリビン
グを横目に二階へと上がっていった。
時刻はまだ11時を回ったところで決して遅い時間とも思えず、オレは首をかしげなが
ら部屋のドアを開けた。
すると、明かりはついているものの部屋の中に琴子はいなかった。


―風呂にでもはいってるのかな?


オレは、ここのところの琴子の様子から、少し不審に思いながら、まずは着替え
をした。
ところが、ベッドの上を見ると、たたんだままの琴子のパジャマが置いてある。


―ん?やっぱり風呂じゃないのかな?


オレは、その時やはり何かがおかしいと感じて、琴子を探しに部屋を出ようとドア
を開けた・・・すると思いもよらず、部屋の前に裕樹が立っていた。
「お兄ちゃん!やっぱり帰ってたんだ?・・・なんか音がしたような気がしたから・・・」
裕樹はほっとしたような、それでいて後ろめたそうな何とも言えない表情でオレを見ていた。
「ああ、今帰ってきたんだ・・・それより琴子知らないか?」
オレは、何か知っていそうな裕樹の顔を覗き込むようにして聞いた。
「う、うん、知ってるよ・・・」
オレから視線をはずして裕樹が言いよどむ・・・
「裕樹?どうした?」
オレは、裕樹に言葉の先を促す。
「琴子さ、僕の部屋で・・・寝てる」
裕樹は、とても言いにくそうに驚くべきことを言った。
「えっ?」
オレは、耳を疑った。


―なんで裕樹の部屋で琴子が寝てるんだ?


酔いも一瞬で吹き飛んで、オレは裕樹の顔をマジマジと見つめた。

オレたちは、裕樹の部屋のドアを開け、中には入らず廊下に立って中を覗き込んだ。
確かに、琴子は眠っていた。
裕樹の机に頭を乗せて、なぜか口元に笑みを浮かべて、とても気持ち良さそうに・・・
しかし、オレの視線は眠っている琴子よりも、琴子の頭の横に置かれたひとかかえ
もある箱のような物にに釘付けになった。
「おい、あれは・・・」
思わず大声を上げそうになるのを、裕樹が「しっ!」と言って止める。


―でもあれは・・・いったいどうして・・・


裕樹は、廊下に立ったまま部屋のドアを閉めた。
「つい一週間前くらいだったかな・・・僕、いつもみたいに琴子をからかって遊んでた
んだ。それで怒った琴子と追いかけっこになってさ。うっかりウォークインクローゼッ
トに逃げ込んじゃったんだよね・・・」
裕樹は、バツの悪そうな顔で言った。


「それであいつに見つかったのか?」
「うん・・・」
裕樹は、苦笑いを浮かべてうなづいた。


「そうか、とうとう見つかっちゃったのか・・・それで、あいつは怒ってたか?」
オレは、ため息をつきながら裕樹に聞いた。
「ううん、怒るどころか喜んでワンワン泣いてたよ・・・”私のプレゼントを入江君が
受け取ってくれてたー”って言いながらね」
裕樹は、その時の琴子を思い出すように天井を仰いでクスクスと笑いながら言った。


そう・・・今琴子が眠りながら抱えている物は、オレの20歳の誕生日のために琴子
が作って、あの日置き去りにされたドールハウス。
ずっと、裕樹の(元はオレの)部屋のクローゼットの奥の奥にしまい込まれたままの
琴子からのプレゼントだった。

「おい裕樹。全部オレにわかるように説明しろよ・・・どうして琴子はみつけて1週間も
たっているプレゼントを今頃になって大事そうに抱えて眠ってるんだ?だいたい、な
んでお前の部屋なんだよ?」
オレは、矢継ぎ早に質問を浴びせかけた。
裕樹が慌ててオレを二階のテラスへ引っ張っていく。
そして、この一週間の出来事を話し始めた。

「琴子はね、あのドールハウスを見つけたとき、勢いあまってひっくり返しちゃってさ、
この一週間ずっと僕の部屋で壊れたところを直してたんだよ・・・僕の部屋なら、お兄
ちゃんに見つかりにくいでしょう?」


「えっ?・・・だって、あのドールハウスは元々・・・」
オレが言いかけた言葉を遮るように裕樹が言った。
「そうさ、元々あれは壊れてたんだ。でも琴子があんまり嬉しそうにしてたから、なん
だか言い出せなくてさ・・・」


「そうか、だから毎日オレのことも待たずにさっさと帰っちまってたんだな・・・」
オレは目を閉じて、琴子の姿を思い浮かべた・・・
裕樹の迷惑なんてお構いなしに、嬉々としてドールハウスに取り組んでいる姿が想
像できて、思わず吹き出していた。
「笑い事じゃないよ。バカ琴子はあれを直してどうするつもりだったと思う?」
裕樹が笑っているオレに向かって文句を言った。


「えっ?」
「琴子はね、お兄ちゃんにばれないように、また元のところに戻して置くつもりだった
んだよ・・・ホントばかだよな・・・」
裕樹の言葉は、苦々しさと一緒に切ない響きを持ってオレの耳に届いた。


<だって、これはもう入江君の物だもん。入江君がここにしまっておいたんなら、私
が勝手に出して飾ったりするわけにはいかないでしょう?・・・それに、入江君がこれ
を受け取ってくれてたってだけで、私は幸せなのよ・・・>

オレは、黙り込んでしまった裕樹の頭を撫でながら、ふとあの20歳の誕生日の翌日
のことを思い出していた。

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あれは、一人暮らしのマンションから生まれ育ったこの家に戻ってきた翌朝のこと
だった。
あの日のオレには、久しぶりの自宅での朝を満喫する暇もなく、しなければならな
いことがあった。


その前夜、琴子が言った言葉がずっと胸に引っかかっていた。
<お誕生日おめでとう・・・あっ、プレゼント、マンションに・・・>


―まったく、あの部屋の前に置いてくるなんて、なんてタイミングの悪い奴。


それでも、オレは朝一番に、琴子よりも早くそのプレゼントを見つけに行こうと決心
していた。

一緒に大学へ行こうと言う琴子をなんとか振り切って、一足先に家を出たオレは、
飛ぶようにマンションへ向かった。

部屋の前に着いたとき、ドアの前に置かれたプレゼントを見つけて、その大きさに
半ばあきれながら、それでもほっと胸を撫で下ろしていた。
琴子の書いたメッセージに目を通すと、自然と顔が緩むのを感じた。

しかし、ゆっくりと眺めている暇はなかった。琴子が来るよりも先にその場を離れ
なければならなかった。

オレのそんな行動を琴子に知られるわけにはいかなった。
そんな行動をするオレの気持ちを、知られたくなかったんだ。


まずオレは、その時に着ていたパーカーでドールハウスをくるんだ。
そして、それを小脇にかかえると、照れくさいのをなんとかこらえて、大学へ向かう
バスに乗った。
大学につくと、オレはまっすぐにテニス部の部室に向かった。
とりあえずそのドールハウスを、オレ専用のロッカーに入れておくつもりだった。
鍵のかかるロッカーだから、誰かに開けられる心配もないと思えた。

―しばらくしたら小包にして送ってやろう・・・もちろん匿名で。
―それとも、こっそりチビのハウスの中にでも隠しておこうか。
―いや、来年の琴子の誕生日に、部屋の前に置いておくっていうのもいいな・・・

その時、オレはあれこれと琴子を驚かす作戦を立てて、ひとりでほくそ笑んでいたか
ら、ドールハウスをパーカーに包んだままロッカーに突っ込んでしまっていたことに
なかなか気づかなかった。
一度外に出して、パーカーを外してからしまいなおせばよかったのに、ロッカーの中
でムリにパーカーを引き抜こうとしたのが間違いだった・・・
宙に浮いた状態でバランスを崩した箱が、手の上から斜めにずり落ちた。


―しまった!


慌てて持ち上げたが、後の祭りだった。
なんとか箱は壊れなかったものの、中の細かいパーツはほとんどが外れてバラバラ
になってしまっていた。
急速にしぼむ気持ちのまま、なんとかロッカーの中に水平に納めると、オレは講義に
出るため部室を後にした。


その後、オヤジが倒れて休学した時に、荷物を取りに行ったついでにこっそり家に持
ち帰った。
琴子にわからないように、その時裕樹と一緒に使っていた部屋のウォークインクロー
ゼットにしまい込んで、そのままになっていたんだ。
琴子と結婚して、新しく増築した部屋の移るときも、裕樹にくれぐれも琴子に見つから
ないようにと言い含めてあのクローゼットに置き去りにしてきた。
今さら照れくさいのもあったが、壊れたままにしてあることを琴子が知ったら傷つくよう
な気がして持って来られなかった。


―嬉しかったんだぜ・・・ホントに。


ただ、あの頃のオレは自分の本当の気持ちにまだ気づいてはいなかったし、やっぱり
どこかで琴子の気持ちを重いと感じていたのかもしれない。
知らんぷりはできないけど、だからと言って素直に受け入れることもできなかったんだ。
変なプライドが邪魔してね・・・

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裕樹の話は続いていた。
「お兄ちゃん、今日は飲み会で遅くなるって言ってただろう?だから琴子もゆっくり
作業ができるって張り切ってたんだ。」
そして、裕樹が風呂に入って出て来ると、完成したらしいドールハウスを抱えて眠っ
てしまっていたと言う・・・


「何度も声をかけて起こそうとしたんだけどね、全然ダメなんだよ・・・そうこうしてい
るうちに、お兄ちゃんが帰ってきちゃったってわけさ。まったく、いつも思うけどホント
詰めが甘いよな、琴子って・・・」
裕樹は、肩をすくめて笑った。


「本当に、あいつらしいよな。お前も、毎晩琴子に押しかけられて大変だっただろう」
オレも裕樹につられて笑った。

「よしじゃあ、琴子を部屋に連れて帰るか・・・裕樹、お前あのドールハウスをオレ達
の部屋へ運んでくれるか?オレは、琴子を運ぶから・・・」


「うん!わかった。」

裕樹は、オレ達の部屋のサイドテーブルの上にドールハウスを置くと、自分の部屋
へと戻っていった。
琴子は、オレに抱き上げられてもまったく起きる気配がなく、オレはあきれながら琴
子をベッドの上に寝かせた。


琴子が作ったドールハウスが、20歳の誕生日の日から長い月日を飛び越えて再び
オレの前に現れた。
小さなケーキがたくさん並んだジオラマは、どこか少女趣味で、オレには直視するこ
とすらくすぐったいような気持ちになる。
でも、これを作っている時の琴子の姿や気持ちが手に取るように想像できた・・・ただ
一心にオレだけを想っている琴子のことが・・・

オレは、床にあぐらをかいてベッドの上に頬杖をつくと、規則正しい呼吸で眠り続ける
琴子の寝顔を見つめていた。


―やっぱり、ずっと隠してたオレが悪いよな・・・


琴子のあどけない寝顔が、オレのココロをやけに素直にさせる。
オレは、琴子が目覚めた時によく見えるようにサイドテーブルに置かれたドールハウ
スの向きを少し変えた。

目覚めた琴子が、どんな顔をするか楽しみだった。
その時オレは、あの20歳の誕生日に言えなかった”ありがとう”を言えるだろうか。
ずっと隠していたことに”ごめん”と言えるだろうか。
本当は、どんなことも言葉で知りたがっている琴子に、こんな時くらいはちゃんと伝え
られたらいいのにとココロの奥では思っているのだけれど・・・

オレもいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
髪を撫でる手の感触に、はっとして目を覚ました。
目の前に、照れくさそうな琴子の顔があった。


「見つかっちゃったんだね・・・」
「まあな」
「えへへ・・・」
「こそこそ何してるのかと思ったら、こんなことかよ・・・」
オレの口から出る言葉は、いつも思いと裏腹・・・


「う、うん。ごめんね・・・ありがとう・・・」
一呼吸おいてから、琴子が小さく切なく囁いた。


―違う。そのセリフは、オレが言うはずだったのに・・・


「でもね、入江君がこれを持っててくれて、ホント嬉しかったんだよ」
琴子は、ドールハウスの上を手のひらで撫でるようにしながら言った。
「ああ、知ってるよ・・・今日からここに飾ろう」
オレは床から立ち上がって、ベッドに座ると琴子を力一杯抱きしめた。
結局、オレにはこうして伝えるしかないような気がした。


「入江君、大好きだからね・・・」
琴子が確かめるように言う。
「ああ、わかってる」
オレはいつものようにそっけなく答える。
そして、オレの背中に回った琴子の手に力が入る・・・この時、ふいにあのマンション
の前で、ドールハウスを見つけたときの光景が頭に蘇り、ずっと言えなかった言葉
が、ココロの中で膨らんで弾けた。


「ありがとう。遅くなってごめん・・・」
なぜだろう?・・・とても自然に、オレの口が囁いていた。
顔を上げた琴子の目にみるみると涙が溜まって、ポロリと頬に零れ落ちた。


―おい、そんなに驚くなよ・・・


実は、一番驚いているのは自分だと苦笑いを浮かべながら、オレは琴子を抱きしめ
ていた。


あの日よりも・・・


昨日よりも、もっとずっと琴子が好きになっている自分を感じながら・・・



                                         END



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