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 リクエストvol.1〜誰にも譲れない役目

第1回目は、misopyonさんからのリクエスト

★琴子がテストで100番をとった時の入江君のニヤリ顔がツボというmisopyonさんが、
 その前後の直樹の気持ちなどを書いて欲しいとのリクエストをくださいました★

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 〜誰にも譲れない役目〜


「入江く〜ん・・・」
琴子が泣きそうな声でオレを呼びながら部屋に入ってきた。


―やばっ・・・


琴子がこんな声を出す時は、まず間違いなく勉強がらみの頼みごとだ。
案の定、振り返ると泣きべそをかいた琴子が、何冊ものテキストをかかえてオレの前に
立っていた。


「な、なんだよ・・・今日は疲れてんだ。もう寝るんだよ!」
オレは、無駄だとわかっていても一応の抵抗を試みる。

「明日試験なのに終らないの・・・自分でがんばろうと思ってリビングでやってたんだけど、
やっぱりわからなくて、時間ばっかりたっちゃって、焦ると余計わからなくて・・・」
しゃくりあげながらオレを見上げる大きな瞳に捉えられて、オレは観念して目を閉じた。


―ダメだ・・・オレは、どうしてもこの目に勝てない・・・


あてつけのつもりで大きなため息をついても、琴子にはそれがOKの合図だとわかってし
まっている。
「ほら、かせよ」
オレは手を差し出して、琴子が抱えているテキストの山を受け取って机の上に置くと、椅
子を引っ張ってくる琴子のために自分の椅子を少し左へずらして座りなおした。

「で?・・・どこがわかんないんだよ」
「う、うん・・・ここと・・・ここと・・・それからこれと・・・」
そして、オレは琴子の指差す箇所を見ながら、ペンで印をつける。
呆れながら、怒りながら、それでも琴子がちゃんと理解するまで・・・いや、オレが納得する
まで教えることになる。


長い夜の始まりだ・・・


オレはいくつか例題を出して、琴子に解くように促すと目の前に積まれたテキストの上に
あごを乗せて、琴子の方に顔を向けた。
必死に問題に取り組んでいる琴子の横顔を見ていると、ふと初めて琴子に勉強を教えた
時のことが思い出された。


もうあれから何年たったのか・・・
あの時オレは、同じ琴子の横顔を苦々しい気持ちで眺めていた。


穏やかな生活をかき回して乱すだけの邪魔な存在。
自分以外の人間には無関心を決め込んでいたオレが、弱みを握られたばっかりに、無理
難題を押し付けられて、F組ごときの女と関わらなければならないなんて・・・プライドが砕
かれた思いだった。


―それが今じゃ、オレはこいつの夫で、専属の家庭教師だ・・・


クスクスと笑い出したオレを、琴子が振りかえる。
「入江くん、なに笑ってるの?」
「いや・・・お前ってちっとも変わらないなって思ったら笑いが込み上げて・・・」
オレは、さらに声を出して笑った。

「何よ!どうせ、バカだっていうんでしょ?・・・そんなの自分でもわかってるわよ。でも、
看護士になりたいの!入江君のお手伝いがしたいんだもん」
琴子が口を尖らせて文句を言う。
「わかった、わかった。文句言うひまがあったら、早くやれよ。眠っちまうぞ・・・」
オレは、あくびと一緒に答えた。
「う、うん・・・がんばるから寝ないで待ってて」
琴子は、再び机に向かって問題を解き始めた。


あの時は、琴子のためというよりは、絶対に100番以内を取らせてあの忌まわしいネガ
を取り戻すことしか頭になかった。


しかし試験当日の朝、教室に入ろうとするオレを追い越しながら琴子が言った「ありがとう」
の言葉・・・あの言葉だけは、なぜか素直にオレのココロに流れ込んだ。
オレは、去っていく琴子の背中に思わず「がんばれよ」と声をかけていた。
それは、ネガを取り返すためとか、プライドを取り戻すためとかそんなことではなく、純粋
にそれまでの一週間をがんばった琴子へのエールだったような気がする。


それに、あの時は、なにもかもが初めてのことばかりだった。
あんなに長い時間を女と2人きりで過ごしたのも、人に勉強を教えたのも、テスト中に居
眠りしたのも初めてだったな・・・
そして、試験結果を張り出した掲示板を見に行ったのも、あの時が初めてのことだった。


オレは、”100番”の下に琴子の名前を見つけて、思わず顔がニヤつくのを感じていた。
まわりに誰もいなければ、ガッツポーズくらいしていたかもしれない・・・
あんなに気持ちが高揚したこともまた初めてで、まさに初めて達成感というものを感じた
時だった。

それまでのオレは、何か目標を持ってそのために努力するなんてことをしたことがなかっ
たし、目標を達成した喜びなんてものとも無縁だったから・・・


ただ、あの時のオレは、それが琴子の存在ゆえの経験だったのだと気付くことはなかった。
あの頃の琴子は、オレにとって迷惑なだけの存在でしかなく、琴子が持っているオレの弱
みをはやく取り返して、同じ家に住んでいるということ以外で、何の関わりも持ちたくないと
心から思っていたんだ。


オレは、琴子が例題を仕上げるのを待ちながら、本当に眠ってしまっていたらしい・・・
不意に、首がガクッと落ちて、驚いて目をあけると琴子が心配そうにオレの顔を覗き込
こんでいた。
「ごめんね入江君・・・疲れてるのに・・・」


「ふん、なに言ってるんだ。今に始まったことじゃないだろ。できたのかよ!」


「う、うん・・・これでどうかな?」


オレは、琴子の差し出した紙を受け取って答えを見ていった。
すると、琴子が急にクスクスと笑い出し、オレは顔をあげて琴子を見た。
「な、なんだよ急に・・・追い詰められて頭切れたか?」


「ううん、違うの・・・覚えてる?初めて入江君に試験勉強教えてもらった時のこと」


―えっ?・・・驚いた。こいつ、オレと同じこと考えてやがる。


「ああ、あの時のことは忘れたくても忘れられないよ・・・それがどうしたんだよ」
オレは、例題の紙を膝の上に置くと、琴子の話の先を待った。


「うん、あの時二人して眠っちゃって、お義母さんに写真撮られちゃったよね・・・なんか
入江君が居眠りしてるの見てたら急に思い出した」
琴子が、懐かしむような目を宙に彷徨わせながら言った。


そう・・・あの時にオフクロが撮った写真が、学校のパソコンに一斉にアップされてオレは
どれ程クラスの奴らに冷かされただろう・・・
しかし、あの写真を取り戻そうと琴子の部屋に行ったことが、オレを琴子のラブレターへ
と導いた。

琴子の気持ちを知って、オレのココロに芽生えたものは、徐々にオレを変えていった。
顔を見ると、意地悪をしたくなった。からかって怒る琴子を見るのが面白くてしかたがなか
った。

―きっとオレはあの頃から、少しずつ琴子を・・・

思えば、あの後夏休みの宿題を徹夜で手伝った時は、初めて勉強を教えた時とは確実
に気持ちが違っていた。
オレは、ココロのどこかで琴子との時間を楽しむようになっていた。

「入江くん?何考えてるの?」
いつの間にか思い出の中に入り込んでしまったオレの顔を、いぶかしげに覗き込みなが
ら琴子が言った。


「な、なんでもない」
オレは琴子の視線から逃れるように、膝の上から例題の紙を取り上げると、再び答えを
見ていった。
「おい、また同じところ間違ってるぞ!いい加減覚えろよ・・・まったく!」

「えっ?・・・ああ、ホントだ・・・ごめん・・・」


あの頃から、お前とこの時間を共有するのはオレだけだった。
もちろん、他に誰か引き受けてくれる奴がいるとは思えないけどな・・・


ただ、自分でもよくわかってるんだ。
おそらく他の何をしているよりも密度の濃いこの時間を、オレは決して嫌いじゃないって
ことを・・・


―もしかしたら、ベッドの中よりも濃密な時間かもな・・・

だから・・・
迷惑だと口では言いながらも、この役目を誰かに譲る気はさらさらないってこともね・・・


オレの指摘にあわててテキストを見直す琴子を見つめながら、オレはもう一度ため息
をついた。


―今夜も、まだまだ眠れそうにないな・・・


                                                END

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  〜あとがき〜

この頃の直樹の気持ちを、ドラマとリアルタイムで書いてしまうと、琴子への気持ちは、ただ鬱陶しくて、
迷惑なだけの存在・・・だから、結婚した後の直樹が”あの頃”を思い出すという形で、お話を書かせて
もらいました。

この頃の直樹のココロには、まだまだ琴子の「こ」の字も存在していない感じですが、こうしてストーリー
をなぞりながらお話を書いていると、小さな偶然の連鎖が、徐々に直樹に琴子を意識させていくのがよく
わかります・・・

                                             By キューブ

                                                    




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