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 リクvol.2 〜琴子の内緒話〜

リクエスト第2回目はKANAMIさんからのリクエスト

★19話の二人の心情をもうすこし知りたいというリクエストをいただきました★

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  〜琴子の内緒話〜


「あーあ、入江君とデートしたいなぁ〜!」
琴子の声が聞こえたのは、大学から戻って家の門の取っ手に手をかけたまさにその
瞬間だった。オレは、取っ手からそっと手を離して、門の向こうにいる琴子のつぶやき
に耳を済ませた。


「私のデートの相手は、いっつもチビだよね〜あっ、チビとのデートだって楽しいのよ・・・
でもさ、やっぱり私は入江君の奥さんなんだから、たまには二人っきりで夜の街とか歩
いてみたいなぁーなんて思うの・・・」


―ははーん、チビ相手に話してるのか・・・


「屋台でおいしいものいっぱい食べてぇ〜手をつないで街を歩いてぇ〜そうね・・・公園の
ベンチなんかに座って、入江君が私の肩を抱いてくれてぇ〜二人で夜空を見上げながら、
星がきれいね〜なんていうの・・・きゃあ〜!」
門の扉一枚を隔てて聞こえてくる琴子のひとり言に、オレはその顔までも想像できて思
わず吹き出しそうになるのをなんとかこらえていた。


―たまには出かけてやるかな・・・でもデートなんてあらたまると、照れくさいんだよ。


「そうそう・・・うふふ・・・」
ふいに、琴子の声が小さくなった。
「チビ!これは内緒の話よ・・・」
オレは、扉に近づいて聞き耳をたてた。
「前に中川君とデートした時がそんな感じだったのよ・・・あの時は、入江君にヤキモチ焼
かせようとしてただけだから気の進まないデートだったけど、考えてみればああいうのをき
っと”デート”っていうのよね・・・はあ・・・入江君と二人で歩きた〜い」
ため息が聞こえたあと段々と琴子の声が遠ざかり、階段を降りていく足音と、玄関の扉が
閉まる音が聞こえた。


―中川だって?・・・


門の中に入りながら、オレの頭には”あの頃”のことが広がり始めていた。
そう、あれは家を出て一人暮らしをしていた頃、自分を探して混沌としていた頃・・・
琴子との何気ない会話の中から、医学の道という未来を見出してココロが揺れていた頃・・・
やっと見つけたオレの未来を照らす光・・・しかし、その光が琴子自身から放たれているも
のだということにはまだ気付いていない頃・・・

オレは玄関の前を素通りして家の中には入らず、プールの脇のベンチに腰掛けると夕焼
けに染まり始めた空を見上げて記憶を辿っていった。


確か最初に中川に会ったのは、バーベキューをするからと呼ばれて、久しぶりに家に戻っ
た中秋節の夜だった。
あの頃のオレには(今もだけど)不思議なほどに、琴子がオレ以外の誰かを好きになるは
ずがないというゆるぎない自信があった。
だからまるでオレを挑発するような中川の態度も、まったく意に介さず、逆にからかうくらい
の余裕があったように思う。


ただ・・・


ああ、そうだ。
あの時、帰っていく中川を琴子が追っていく姿を見たとき、なんだか胸にチクリと小さな痛
みを感じて、自分でも意外だったのを覚えてる。


もしかしたら、琴子はあの男を好きなるかもしれない・・・
そんな思いがふと脳裏をよぎると、自分は琴子にさんざん冷たくしているのに、ココロがざ
わついて来たのは確かだった。


結局、オレのバイト先でデートの待ち合わせをしていた琴子の、中川に対する態度を見て
いて、そのたくらみに気付いてからはそのざわつきもおさまりはしたが・・・

オレにはおかしいくらいに琴子の胸の内が透けて見えていたから、めざわりなほどに目の
前に現れる二人の姿を見ても知らんぷりを決め込んでいられた。
オレにヤキモチを焼かせるのが目的なら、なおさらそんな素振りなど見せるわけもない。
ただ、その時のオレは、何のてらいもなく琴子の近くにいる中川に、本当は嫉妬していたの
かもしれないと今は思う。


だからあの時も・・・
オレのバイト先で金之助と中川が殴り合いを始めた。
それまでの琴子と中川の間にどんな会話があって、何をしたのかをオレが知るよしもなか
ったが、所詮、オフクロに炊きつけられた不純な動機で始まった付き合いだけに、決して甘
いものでないことくらいは簡単に想像できた。
しかし、そこに金之助が加わると、一気に話はこじれて面倒なことになる。
増してや、その殴り合いに勝利しても、琴子の心を掴めるわけでもないのだから・・・

鼻血を出してもつれ合う二人を見ながら、オレは考えていた。
殴りあう二人を一瞬にして大人しくさせる方法を・・・そして、あの茶番を終らせる方法を・・・


「琴子が好きなのは、オレなんだぜ・・・喧嘩するだけムダだ」


思っていた通り、オレの放ったたった一言で、中川も金之助も何も言い返せずに黙り込
んだ。呆然と立ち尽くす二人の間を、琴子の肩を抱いて歩き始めた時、なんともいえず
胸がスッとしたのを覚えている。

―結局オレは、この頃にはもう琴子が好きだったんだな・・・

迷惑だとか、鬱陶しいと口ではいいながらも、あの時オレがしたことは、そこにいる全ての人
に「入江君を好きな琴子」を強く印象付けるものだった。
オレはきっと、ココロの奥の奥ではいつも”オレのことが好きな琴子”をそばに置いておきた
かったんだ。


―ただのガキだな・・・


オレはあの頃のまだ青かった自分を思って、自嘲気味に笑った。

茜に染まる雲の隙間から、今日の太陽が最後の光を放っている。
毎日この時間になると自動的にスイッチの入る常夜灯が、何度かの瞬きを繰り返して柔らか
にプールを照らし始めた。


家の中から、チビの吼える声が聞こえてきた。
どうやら、庭にいるオレを見つけて吼えているらしい。
その声につられるように、琴子がリビングの窓に顔を出した。


「あれ〜?入江君、おかえり〜そんなところで何してるの?」
窓を勢いよく開けて、琴子とチビが飛び出してきた。


「別に・・・ちょっと考え事だよ・・・」
オレは、なんとも答えようがなく言いよどんだ。


「何か悩み事?勉強大変なの?・・・って入江君が勉強のことなんかで悩まないか!あはは」


―あたりまえだろ!オレが悩むのはいつもお前のことだよ!


オレは、声を大にして言いたいのをグッと飲み込んだ。
もう随分と一緒にいるのに、ほんの何気ないことで、いつもオレの感情は翻弄される。
今だって、何年も前の出来事を思い出して、過ぎ去ったことに嫉妬している。


わかってるさ・・・
中川との思い出が、琴子の中で美しいものになっているのが気に入らないんだ。


「おい、琴子!ちょっと買いたいものがあるから出かけるぞ」
オレは、夕陽も沈んですっかり暗くなったあたりを見回しながら立ち上がった。


「えっ?今帰ってきたところなのに〜すぐ帰ってくるでしょ?お義母さんに言っておくね・・・」
琴子はその場に佇んだまま、がっかりした顔でオレを見送っている。


「ばーか、お前も一緒に行くんだよ!早く靴に履き替えて来いよ!」


「えっ?ええ〜〜?・・・う、うん!すぐ履き替えて来るね」
ほんの一瞬で、琴子の表情は驚きからこれ以上ないと言ったほどの笑顔に変わった。


門の外で待っていると、弾むようにして琴子が現れた。
オレは、顔が緩むのを琴子に見られないように、顔を背けながら歩き出した。
琴子が足早に追いかけてきてオレの横に並ぶ・・・オレはさりげなく琴子の手を握って歩き
続けた。
横を見なくても、琴子がどぎまぎしているのが握った手を通して伝わってくる。


結局、あの時殴りあう中川と金之助の間に割って入った時点で、オレも琴子を奪い合う男
達の中の一人だったんだと、今は思う。
ただ、オレは拳を使わなかったってだけのことなんだってね・・・

だから、今さらとはいえあの頃を懐かしむ琴子が気に入らなかったりするんだろう。


「ねえ、入江君。どこへ行くの?・・・なんかデートみたいだね・・・」
黙ったままのオレの様子を伺うように琴子が言う。

―っつうか、デートなんだよ。

「さあな、屋台で何か食って、公園でも行ってみるか?今夜は星がよく見えそうだしな・・・」
オレは夜空を見上げて、込み上げてくる笑いをこらえながら言った。
すると手をつないだままの琴子が唐突に立ち止まって、オレは危うく転びそうになった。


「おい、危ないだろ!」

「ね、ねえ入江君?・・・さっき、もしかして・・・」
琴子が、唖然としながら言いよどむ。

「もしかしてなんだよ?・・・オレは、お前とチビの内緒話なんて聞いてないぜ!」
琴子が目を丸くして、オレを見る。
オレは琴子の手をさらに強く握りしめてニヤリと笑った。
そして、そ知らぬ顔で前を向くと、立ち尽くす琴子を無理やり引っ張るようにして再び歩き始めた。

あの日のようにバスに乗ると、並んで座る・・・
琴子が期待に胸を膨らませてオレに笑いかける。
オレも、少しワクワクしながら笑顔を返す・・・街の明かりと喧騒はもうすぐそこだった。


                                                 END

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 〜あとがき〜

とにかく、琴子への気持ちにはっきりと気付くまでの直樹は、なんだかわからないけど、琴子が気になる・・・
といった感じなので、おそらく琴子がらみの行動には自分でも首をかしげることが多かったんじゃないかと
思うんです。鬱陶しい、迷惑だといいながらもかまわずにはいられない・・・でもそれが”好きだから”って事
にはしたくないし、そうじゃないと思ってるという、実に面倒な心の内をしているんですね〜!

この19話は以前「言葉にできない想い 」でも一度取り上げていて、それがリアルタイムを書いた物語だっ
たので、今回はより細かく直樹の心情を書くために「あの頃は・・・」と振り返る形の物語にしました。

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