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 彷徨うオレのココロ <前編>

琴子が、誰かオレじゃない男といっしょにいる。
楽しそうに話をしている・・・幸せそうな笑顔で相手を見つめている。
オレは、硬く目を閉じると、拳を強く握りしめていた・・・

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遠くで裕樹の声が聞こえた気がした。


―ん?なんだ?


宙を彷徨っていた思考がふいに現実にもどり、あたりを見回したとたんに今度は耳
元で裕樹の声が聞こえた。
「ねえ!お兄ちゃんってば!僕の言ってること聞こえてるの?」


「えっ?・・・なんていった?」
オレは、目の前で怒っている裕樹に、曖昧な笑顔を向けて聞き返した。


「もう・・・なにボーっとしてるの?・・・早くパパの病院へ行こうよ!」
すっかり身支度を整えた裕樹が、オレの腕を引っ張って急かす。

ふと握っていた拳を開くと、手のひらに爪のあとがついていた・・・


「あ、ああ。わかったよ」
オレは、頭を振りながら立ち上がると、手早く支度をして家を出た。


裕樹を車の助手席に乗せて、オヤジの病院へ向かう。
通い慣れた道を走りながら、オレはずっと琴子のことを考えていた。

―あいつ・・・朝からデートだなんて・・・


日曜日の朝だというのに、いつも寝坊のあいつがあんなに早く出て行ったのは、オレ
と顔を合わせたくないからに違いない。


―いったい誰と?・・・


わかりきっていることさ、金之助に決まってる。
<男をみつけろ>と言ったのはオレの方なんだ、言った通りになっただけじゃないか。
これで安心して結婚の話も進められる・・・


―安心して?


だったらどうしてオレはこんなにイライラしているんだ?


「ええー?今日は琴子ちゃんは、来なかったの?」
オヤジの病室で、オレ達を待っていたオフクロが、ことさら大げさに落胆してみせる。


―ふん、気に入らない結婚話を進めてるオレへのあてつけのつもりか?


「うん、誰かとデートだって!さすがの琴子も、お兄ちゃんのことあきらめたんじゃない?」
裕樹の言葉にも、何気なく棘がある。


―なんだよ、どいつもこいつも!

オレは、オフクロと裕樹を睨みつけると、オヤジに会社の様子を少し話してから、病室の
ソファに座って持ってきた資料に目を通していた。

誰もオレに話しかけてこない。

―のけ者にするつもりか・・・それとも、近寄りがたいのか・・・


どう思われようと、今はあれこれと話しかけられたくないから好都合だった。
しかし、ひとりになればなったで、頭の中にはすぐに琴子の姿が現れて、オレの邪魔を
し始めた。


「・・・・・・・・・・・・けど、お兄ちゃんはどうする?」
またふいに裕樹の声が耳元で聞こえた。


「えっ?」


「もう!また聞いてなかったの?お兄ちゃん、今日はおかしいよ」
裕樹が口を膨らませて怒っている。

「僕、今夜はここに泊まるけど、お兄ちゃんはどうする?って聞いたんだよ!」


「そうか・・・じゃあ、オレは帰るよ」
オレは、何も考えずに答えると、立ちあがった。


「そうね・・・琴子ちゃん一人だと物騒だし、お兄ちゃんは帰った方がいいわ」
オフクロの声が、少し含みを込めた言い方で追いかけてくる。


「そうだな・・・」
オレは、無関心を装って答えると、オヤジに手を挙げて病室を後にした。


―琴子が一人だと物騒だって?もしかしたら帰ってこないかもしれないじゃないか・・・


「えっ?・・・」
オレは、車のハンドルを握りながら自分で考えたことに、自分で驚いていた。


―あいつが男と朝まで?


ちょうど目の前の信号が赤に変わり、オレはブレーキを踏むと同時に頭を強く振った。
それでも繰り返し押し寄せてくる妄想の波に、すでにおぼれてしまっている自分を感
じていた・・・

真っ直ぐ家に帰る気にもなれず、オレは資料をひとつ取って帰ろうと思い、会社に立
ち寄った。
日曜日でも何人かの社員が出社していて、オレは適当に挨拶をしながら社長室へ入
った。
デスクの時計は、午後4時を指していた。


―デートで出かけたんだ。いくらなんでもまだ帰ってないよな・・・


ほんの少しのつもりが、新製品のプランを考えているうちに、あっという間に3時間が
過ぎていた。
暗くなった窓の外を一瞥して、オレはオフィスを後にした。途中、適当に夕食を済ませ、
家に帰りついた時には、午後8時半を回っていた。
駐車場に車を入れて、玄関に回る。

<入江君、おかえり〜どこ行ってたの?みんないないから心配しちゃった!>
玄関のドアに手を掛けながら、いつものように琴子が迎えに出てくる姿が浮かんだ。

オレは自分の想像に半ば呆れながら、ココロのどこかではそうあって欲しいと願いな
がらドアを開けた。
しかし、ほんの10センチほどドアが開いた時点で、その願いが絶たれたことを悟った。
ドアの隙間からは琴子の声どころか、明かりすら漏れてはこなかった。

オレは持っていた資料をテーブルの上に投げ出すと、ガランとしたリビングを見渡しな
がら、ソファに身を沈めた。
琴子が、まだ帰っていなかったことに思った以上に落胆している自分に愕然としていた。


オレは、頭を抱えた。

―オレは、どうしちまったんだ?

「風呂にでも入るか・・・」
あえて声に出して言いながら立ち上がった。
立ち上がりながら、玄関のドアに目を向けた。
今この瞬間にでも、そのドアが開くことを期待していた。

壁の時計を見上げると、10時を過ぎていた。
もう10時か?・・・それともまだ10時なのか・・・

―琴子の奴、まさか本当にあいつと・・・

オレは、いい加減に自分に嫌気がさして、勢いをつけて階段を駆け上がった。


オレのココロは、出口のない迷路を彷徨っているようだった。
何もかもをあきらめたようで、結局はどこかであきらめきれずにいる自分がもどか
しかった。

―こんなままじゃ、らちがあかない!いっそ、沙穂子さんとの結婚を早めよう。
 オヤジが退院したら、すぐに彼女を紹介して・・・それから・・・

そこまで考えた時、オレはシャワーの蛇口をひねろうとした手を止めて天井を仰いだ。

唐突に気がついていた。
今日、彼女のことを考えたのが、今が初めてだったということに・・・



                                          つづく



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