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 彷徨いの先に見えたもの

―金之助が琴子にプロポーズをした。そして今日、琴子はその返事をする。


頭の中に、繰り返し同じ言葉の列が現れては消え、消えては現れていた・・・

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「直樹さん?」
不意に声をかけられ、振り向くとそこには沙穂子さんが立っていた。
そのとたん街の喧騒が耳に流れ込み、オレはいつの間にか待ち合わせをしたジュエ
リーショップの前にいることに気づいた。
沙穂子さんの電話を受けてから、どこをどう通ってここまで来たのか、まったく記憶が
なかった。


あの日・・・琴子と金之助が一緒のところを見たあの日から、オレは自分の中の説明
のつかない感情に自分なりに折り合いをつけてきたつもりだった。
空っぽなココロに、仕事とプライドと無表情を詰め込んで、全てにおいて沙穂子さん
を優先させて、どんなことにも動じない自分であろうと努めてきたのに・・・

心配そうにオレを見上げる沙穂子さんの顔を見ながら、オレは今さらながら自分が激
しく動揺していることに気づいていた。


ほんの一瞬の沈黙の隙間に・・・
彼女がオレから目を逸らした瞬間に・・・
心臓の鼓動と共鳴するように・・・
呼吸することすら忘れてしまうほどに・・・


オレの脳裏には琴子と金之助が微笑み合う姿が浮かんでいた。


「直樹さん?本当に私と結婚したい?」
沙穂子さんのその言葉は、ずっと宙を彷徨っていたオレの意識の中に突然はっきりと
流れ込んできた。
カフェのテーブルで向き合っていたオレ達の間で、ロウソクの炎が一瞬大きく揺らいだ
ように見えた。それは、まるで彼女に見透かされたオレのココロのように・・・
そしてその時、目の前の現実と浮遊する自分のココロの中とが唐突に繋がった気がし
ていた。

彼女は言った。
オレにとって、琴子はずっと特別な存在だったのだと。
オレは、琴子の前でだけは、オレらしくいられるのだと。
オレが、本当に好きなのは琴子なのだと。

オレは、その日初めて沙穂子さんの言葉にしっかりと耳を傾けていた。
そして、彼女が言ったこと・・・それが全ての答えだった。

―そ・れ・な・の・に・・・オ・レ・は・ど・う・し・て・こ・こ・に・い・る・ん・だ?

面食らっているオレを、彼女の潤んだ瞳が見つめていた。
オレは、彼女の望む言葉を答えることもできずに呆然としていた。

「すみません・・・オレにもわからないんです」
オレは、すり減った理性でかろうじて言葉を搾り出すと、勢いをつけて席を立った。
沙穂子さんを置き去りにしたまま、カフェを飛び出していた。

オレは小雨の振り出した夜の道を走りながら、自分が大きな思い違いをしていたこと
にはっきりと気づいていた。
あれ程冷たくして、泣かせて・・・それなのに・・・オレは・・・
身勝手なオレは、琴子が誰かのものになるなんてこと、思ってもいなかったんだ・・・と。


オレは今、眩しいほど鮮やかに自分の本当の気持ちと向き合っていた。
会社も夢も意地もプライドも・・・もうオレのココロを阻むことはなかった。
彷徨いの先に見えてきたのは、琴子の笑顔。


―オレもずっとお前が好きだったんだ・・・ってやっと気づいたよ。


素直な気持ちで、ココロの奥をのぞけば答えは単純だ。
オレが一番欲しいのは、ずっと一緒にいたいのは・・・琴子、お前だけ。


だから、オレは琴子を取り戻す。
もう迷いはしない。
この手にお前を抱きしめて、絶対に離したりはしない。


―琴子?・・・お前本当に金之助と結婚すつもりなのか?・・・

走り続けるオレの視界に、幸福小館の明かりが小さく見えてきた。

琴子、そこにいてくれ。
あいつにうなづいたりしないでくれ。

―お前は、今でもオレを好きなはずなんだから・・・



                                          END



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