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 オレにできない10%

右肩に不意に重みを感じた。見れば、琴子が目を閉じてオレの肩にもたれかかっている。
オレは、小さなため息と共に微笑んだ。


―ホントに、お前って衝動的で、思い立ったら即実行なんだな・・・


もう何時間ここに座っているだろう?
大泉グループのオフィスビルのロビー・・・すでに行き交う人々の好奇の視線もあまり気
にならなくなっていた。
オレは、琴子が倒れてしまわないように、その肩に手を回して支えながら、ふと昨日へと
思いを馳せていた。


思っていた通り、大泉グループからの資金援助は白紙に戻された。
自分のしたことを思えば、当然の報いかもしれない、しかしオヤジの会社を救うためには
それを甘んじて受けているだけは済まされなかった。
オレは、意を決して大泉会長に面会を申し込んだが、会ってはもらえなかった。
代わりの援助を求めて、思いつくところは全て当たったが、どこも取りつくしまもないまま
に断わられた。
現実は想像していたよりもはるかに厳しく、八方塞で、オレはまさに追い詰められた兵士
のような心境だった。


琴子がオレのための夜食を持って、パンダイの社長室に顔を出したのはそんな時だった・・・


疲れきったココロに、琴子の優しい言葉が沁み込んで、つい弱気な自分を見せていた。
琴子だから見せられた姿だった・・・でも、本当は琴子にだけは見せてはいけないものだ
ったのかもしれない。
そして、今朝もう一度大泉会長に面会を申し込もうとこのオフィスビルを訪れた時、エレベ
ーターを待っているオレの耳に、思いもよらない会話が飛び込んできた・・・


「女の子が大泉会長に直談判・・・」
「うんうん、座り込みしてるって・・・」
「パンダイがどうのこうのって・・・」


断片的に聞こえてきた話だけでも、頭に浮かんだ顔はただひとつだった・・・琴子。


―あいつ・・・今朝は、やけに早く学校へ行ったと思っていたら・・・


そして、エレベーターを下りるとすぐに、紛れもない琴子の背中が見えた。
無駄だと言ってもその場を動こうとしない琴子を一人にして帰るわけにも行かず、オレも
隣に座り込んだ。

不思議なもので、琴子はオレが出来ることの90%はできないが、絶対にオレが出来ない
10%を軽々とやってのける・・・
座り込みなんて、オレには思いつきもしない。


なんだか笑いが込み上げてきた。
会社が生きるか死ぬかの瀬戸際だというのに、無力なオレは手も足も出せずただ女の肩
を抱いて座っている。
それなのに、どうしてこんなに満ち足りた気持ちでいるのか・・・そんな自分が可笑しかった。


琴子が隣にいるからだ・・・そう強く感じていた。


元々誰かに助けてもらおうなんて思ったのが間違いだったんだと思い始めていた。
なるようになって、最初からやり直せばいいんだ。
体の右側に琴子のぬくもりを感じながら、オレはそんなことを考えていた。
それは決して投げやりな気持ちではなく、体の奥底から湧き上がってくる何か熱いものが、
オレをそんな気持ちにさせているようだった。

だから琴子・・・お前の気が済むまで付き合うよ。
あとはオレを信じて、ずっとそばにいてくれればいいんだから・・・

ビルの外には夜の帳が降りはじめていた。
大泉会長は、どこかでオレ達の姿を見ているのだろうか・・・
せめて、沙穂子さんを傷つけたことは、謝りたいとココロから思っていた。


人通りも途絶えたロビーで、オレと琴子だけが取り残されたように寄り添って座っていた。
あたりは物音ひとつしない・・・もたれかかっている琴子の頭に頬を寄せると、琴子の鼓動
が耳に心地よく響き、オレもいつの間にか重くなった瞼を閉じていた・・・



                                          END



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