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 生まれ変わっても・・・

「足・・・大丈夫か?」
不意に立ち止まった琴子に、オレは声をかけた。


「う、うん・・・まだちょっと痺れてる感じ・・・でも、大丈夫!」
足を擦りながら笑顔を作った琴子の肩に手をまわして、オレは琴子を支えるようにして再
び歩き始めた。


大泉グループのオフィスビルで座り込みをして一晩を過ごした。
そして、たった今大泉会長との面会を済ませての帰り道・・・
オレと琴子は、まだ正午過ぎの街を、人波に逆らうように歩いていた。


「琴子?・・・あの時さ、大泉会長が別れろって言ったの、もし本気だったらお前どうする
つもりだったんだよ」
オレはふと思いついて、琴子に聞いた。


「えっ?・・・それは、その・・・えっと・・・」
琴子は、オレの顔を見上げるとしどろもどろになっている。


その時、オレのココロにふとイタズラ心が芽生えた。

「お前、キッパリ別れますって言ったよな?・・・あんなその場しのぎのこと言って、その後
のこと考えてたのかよ」
オレは、呆れた顔を向けて言うと、琴子の肩から手を離して一歩先を歩き始めた。


「そ、その場しのぎなんかじゃないもん!・・・あ、あの時はそうするしかないって思って・・・
だって、おじさんの会社が・・・」
勢いよく言い返し始めた琴子だったが、その声はみるみる小さくなっていった。
オレは前を向いたまま込み上げてくる笑いを必死で飲み込むと、振り向いた時は無表情
を装って琴子を一瞥した。


―いつもいつもそうだけど、お前ってホント後先考えないよな・・・

「あそこで別れる約束をするってことが、どういうことなのかちゃんとわかってたのかよ」
オレは立ち止まって琴子に体を向けると、さらに追い討ちをかけるように言った。

「わ、わかってるわよ・・・」
琴子は、オレを睨み返すと口を尖らせながら言った。


「どうわかってるんだよ。言ってみろよ。」
オレの口元には薄笑いが浮かんでいたかもしれない・・・腕組をして困惑顔の琴子を見下
ろした。

琴子は、しばらく黙り込んで何かを考えているようだった。
あの時、大泉会長の「別れろと言ったら?」の問いかけに、琴子が「別れます」と答えたの
は、琴子の性格を考えればしごく当然のことだというのは頭ではわかっていた。
琴子は、オヤジの会社を救うために、そうするしかないと思ったに違いないから・・・
それでも、まったく考えなしに即答した琴子に、怒りを覚えたのも事実だった。


―どうせ、あとでまた泣くくせに・・・


黙ったままの琴子が、ゆっくりと頭を上げる・・・その顔には、思いもよらず微笑みが浮か
んでいた。
「私、本当になんとかしたいって思ったの・・・」


「それが座り込みかよ?」


「えっ?・・・えへへ・・・それは、まあ・・・えへへ」
琴子が頭をかきながら、照れ笑いをしている・・・しかし次の瞬間、とても穏やかな顔をして
オレを見つめた。
「私はね、ずっと片思いだって思ってたから・・・別れる別れないなんて言う以前に、入江君
が私を好きになってくれるなんて夢みたいだったから・・・だから・・・」

琴子は、幸せそうな微笑みを浮かべて一旦言葉を切ると、遠くを見るように視線を上げた。

「だから、なんだよ・・・」
オレは琴子をからかっていたことなど忘れて、言葉の続きを促した。


「だから、たとえ別れても入江君が私を好きだって言ってくれた夢のような思い出の中だけで
生きていけるかな・・・なんて思ったりして・・・」
琴子はもう一度オレの顔に視線をもどすと、首をかしげて笑顔を作った。

「ばか!・・・もう、一生会えないってことだったんだぞ!それでもいいのかよ」
オレは、自分の発した声の大きさに自分で驚いていた。
琴子も、大きく目を見開いて、驚いた顔をしている。


「ね、ねえ・・・い、入江君?・・・」
琴子がおずおずとオレに声をかける。


「なんだよ!」
オレは、照れも手伝って琴子に背中を向けると、やけになって聞き返した。


「入江君は、一生私に会えないと困るの?」
琴子の言葉は、そのままオレのココロの中にモヤモヤと渦巻いていたものの正体だった。
琴子がオレと別れてでもオヤジの会社を救おうとしたことに、ずっと釈然としない何かを感
じていた。
それは結局、何が何でもオレとは別れないと琴子に言って欲しかったからなんだと思えた。


オレは、ほんの思い付きから琴子をからかったことを、今さらながら後悔していた。
形勢はすでに逆転していた・・・
事実、琴子はオレの答えを期待に胸を膨らませて待っている。


「べ、別に困らねーよ」
負けが込んできたオレは、わざと琴子の期待を裏切るように答えた・・・しかし・・・


「そっか、そうだよね・・・入江君は別に困らないよね・・・」
琴子は、がっかりするでもなく、なぜか心ここにあらずといった風に言った。
オレは、こっちが拍子抜けするようなその言い方が気になって琴子の顔を覗き込んだ。
すると、琴子が急に満面の笑みを浮かべて「そうよ!」と叫んだ。


「たとえこの一生の間に入江君と会えないとしてもね、次に生まれ変わった時に、私はまた
入江君を好きになるから大丈夫!」


「はあ?・・・」
オレは、琴子の答えのあまりの突飛さに呆気にとられていた。
言った本人は、満足気にひとりで何度もうなづいて悦に入っている。

―お前の頭の中って、ホントに何がはいってるんだ?

「お前なー結局は別れないで済んだからそんなこと言えるんだろ」
オレは、呆れ顔で琴子を見下ろした・・・すると、当然応戦してくるだろうと思っていた琴子
が両手で顔を覆っている。


「琴子?・・・」
オレは、琴子の不意の変化に戸惑ってその顔を覗き込んだ。


「本当はね・・・絶対にいやだって思ったよ・・・別れますって言いながら泣きたくなったけど
我慢したの・・・だって、もう入江君のあんな苦しそうな顔みたくなかったし、おじさんの会社
がなくなったら、おばさんだって裕樹くんだってすごく悲しむでしょ?・・・それって全部私の
せいなんだもん・・・」
琴子の嗚咽まじりの言葉を聞きながら、オレは天を仰いで深く息を吐き出した。


―ああ、そうだった・・・お前って、そういう奴だったよな・・・


「バカ・・・お前のせいなんかじゃないよ・・・」
オレは、琴子の頭を抱き寄せた。
琴子の指の間から流れた涙が、オレの肩を濡らしていた。
        
ランチタイムが終ったのか、少し静かになったオフィス街を抜けて、オレ達はあてもなく歩い
ていた・・・この穏やかな幸せをもう少しかみ締めていたいような気がしていた。
しかし、涙の跡を拭いながら琴子が顔を上げて言った。
「ねえ、入江君?・・・早く帰ろう!・・・帰っておじさんに報告して安心させてあげようよ・・・」
オレは、思わず琴子の頭を撫でながら「そうだな」と答えると、自然に琴子の手を握って歩き
始めていた。


「おい、それはそうと、お前本当に生まれ変わってもオレのこと追いかけるつもりかよ?」
「えっ?・・・そ、そうよ!」
「冗談じゃないぜ・・・まったく・・・」
「ええーどうしてー?だって、ずっとずーっと入江君のことだけ好きだもん・・・」

オレは、にやけてくる顔を見られたくなくて走り出した。

「えっ?・・・ねえ、入江君!なんで走るのー待ってよー」
琴子が慌てて追いかけてくる。

太陽が真上から少し西に傾き始め、爽やかな風が木々の間を通り抜けてオレ達の背中を
押していた。


琴子?・・・オレはあの時、本当にお前だけは失いたくないって思ったんだよ。
こんな気持ちになるなんて、思ってもみなかったよ。
オレにとって、お前がこんなにも大事な存在になってるなんてね・・・


お前は、生まれ変わってもオレを好きになるからいいなんて言うけど、オレには今この手の
中にいるお前じゃなきゃ意味がないんだ。


―おい琴子!わかってるのか?


たとえ、ココロの中でどんなに問いかけても、そんなこと絶対に言えないことはわかってる。
でも、オレの未来は、すでに琴子を中心にして回り始めている・・・そんな気がするんだ。


もちろん・・・


生まれ変わってもお前に会いたいよ・・・オレだってホントはそう思ってるんだ・・・



                                          END



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