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 葛藤するオレのココロ -2-

<私のせいで、入江君の人生が台無しに・・・>
しゃくりあげて泣く声。ポロポロと涙をこぼす琴子の顔が浮かぶ・・・
 
オレは、ベッドの上で目を開けた。
暗闇の中に、ぼんやりと浮かび上がるデジタル時計の文字を見る。

―12時か・・・

誰もが寝静まった真夜中・・・もう一度目を閉じてはみたものの、すっかり頭は
冴えてしまって、眠れそうにもない。
オレは、思い切ってベッドから起き上がると、部屋を出た。
キッチンでコーヒーをいれて、テラスに出てみる。夜風が、心地よく頬を撫でて
いくと、夢に突然現れた琴子の泣き顔に、すこしのぼせた気持ちが鎮まっていく。

今日は、T大受験当日。
結果から言えば、オレはT大を受験しなかった。
そのことには、まったく後悔はしていないし、むしろこれで良かったのだと思って
いるくらいだ。


オレは今日一日の間に、琴子に対していくつの感情を味わっただろう・・・
鬱陶しさ、驚き、不安、安堵・・・そして罪悪感までも・・・
オレは、テラスの椅子に腰をおろすと、長かった今日一日を振り返るつもりで目を閉じた。


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昨夜あれ程泥酔して、正体不明だった琴子だから、体の調子が悪いのだろうと
いうことはわかっていた。
それなのに、オレのことを心配して着いてくるあいつを、無下に追い返すわけにも
いかず、オレはほんの少しの苛立ちを感じながら、T大へ向かった。

バスを降り、T大の前に着いたとき、琴子の様子がいつもと違っていることは感じて
いたのに、オレはそのままあいつに背を向けてしまった。
女が付いてきているという照れくささもあったかもしれない。
しかし、何よりもT大を目の前にしてもまだ揺れている自分の気持ちに、早く決着を
つけてしまいたいという思いが強かった。
『受けてしまえば・・・決まってしまえば、何かが変わるかもしれない』
受かる自信はあった。問題は、入った後のことだったのだから・・・


「がんばって」
いつになく弱々しい琴子の声が、追いかけてくる。その瞬間、オレは、ふと胸騒ぎが
して立ち止まった。

何かが激しく倒れる音。
「人が倒れたぞ」
「救急車を」
誰かの叫び声が聞こえた。


―琴子か?


振り向くと、すでに人垣が出来ていて、何が起こっているのかはわからなかった。
しかし、オレはすぐに気づいた。そこが、今まさに琴子がオレに「がんばって」と声を
かけたその場所だということに・・・


オレは、人垣に近づきながら、その中心にいるのが琴子だと確信していた。


「応急手当の知識があるから・・・」
オレが人垣を覗き込んだ時、そんな声が聞こえた。
見知らぬ男が、ぐったりとした琴子の体を起こして、顔に手をあてているのが見えた。
その時オレの心の中に、今までに感じたことのない感情が湧き上がった。
オレは、咄嗟に人垣に分け入ると、その男を脇へ退け、琴子を抱き起こしていた。


「琴子!」
声をかけると、琴子は薄っすらと目をあけてオレを見た。

「平気よ、早く試験に行って・・・」
その声は、今にも消え入りそうで、それが一層オレの不安を掻き立てた。


「このあたりに病院は?」
オレは、誰にともなく聞いた。
もう、琴子を救うことしか頭になかった。


「確か、2つ目の角に・・・」
その答えに、オレはすぐさま琴子を抱き上げていた。


「救急車を呼んだほうが・・・」
誰かが言ったが、そんな言葉にかまってはいられない・・・
「近いなら連れて行く」
オレは、淡々と答えて歩き出した。


女を抱き上げたのなど初めてのことだった。
今まで、自分のペースを乱されることが何よりも嫌いだったオレが、気が乗らない
とはいえ、大学の受験当日に女を抱いて病院に運ぶなど考えられないことだった。
そして、こんなに胸をえぐられるほどの不安に掻き立てられたことも・・・
ぐったりとして目を閉じた琴子の顔が、オレの横で揺れるたびに不安が募る・・・
オレはいつしか琴子の体をしっかりと抱き寄せていた。

琴子は盲腸だと診断され、手術は行わず薬で散らして事なきを得た。
オレは、琴子の寝顔を見ながら、ココロの底から安堵した。

何かが吹っ切れていた。

すぐに受験会場へ戻れば、試験を受けることも出来たが、オレはそうはしなかった。
その時のオレにとって、T大を受験することよりも、琴子に付き添っていることの方が
大事なことに思えた。
しかし、それがあいつをあんなに泣かせることになるとは、思いもしなかったが・・・


オレが、食事から戻ってきた時、琴子の病室には、オフクロと相原のおじさんが来ていた。
当然試験会場にいると思っていたオレが突然現れて、動転するオフクロとおじさんの
後ろで、目を覚ましていた琴子が声をあげて泣き出した。

「私のせいで、入江君の人生が台無しに・・・」
しゃくりあげて泣く琴子を、オフクロがなだめる。


―どうしてだよ?なんで泣くんだよ?オレはT大には行かない。・・・

これでお前の思い通りになったじゃないか?
オレは、琴子の泣き顔を見ながら思っていた。


しかし、背中のリュックにつけたお守りや、受験票に書かれた文字が頭に浮かぶ。
具合が悪くても、オレに必死で着いてきた琴子の姿が浮かぶ。


本心がどうであれ、琴子はいつも自分のことよりオレのことを考えている。
オレにしてみれば、それが鬱陶しくてしかたなかった。
でも、今日、オレは自分の受験のことより、琴子の体のことを心配していた。
琴子が壊れてしまいそうで、不安で仕方がなかった・・・


そうか・・・お前って、いつもこんな気持ちでいるのか?
それは、少し面倒な気持ちに思えた。
しかし、決して不快なものでもなかった。

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オレは、今日一日を振り返り、たった今行き着いた自分の気持ちに、驚いて目を開けた。
誰がいるわけでもないのに、オレはまわりを見回していた。
静かな夜のテラスに、オレの胸の鼓動だけが響いていた。


―おい、ちょっと待ってくれよ。

オレは、自分の気持ちに半ば呆れながら、気持ちを切り替えようと、コーヒーを一口飲んだ。



その時、ふいにリビングから何かが割れる音が聞こえてきた・・・




                                          END


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