≪Menu
 見えない明日への旅立ち

オレは、今日、生まれ育った家を出る。
見えない明日を見つけるための、旅立ちだ。


自立したいと思ったのはいつのことだったか・・・


<入江君の頭脳は、みんなのために役立てなきゃだめ・・・>
あれは大学受験の前・・・
琴子が、酔った勢いでオレに言った言葉が蘇る。
ずっとココロの中につかえていた言葉だった。


―いったい何に役立てたらいいんだ?


それまで、誰かのために何かをするなんてことを、オレは一度だってしたことがなかった。
たまたま、一度読んだり聞いたりしたことを忘れないという才能を持って生まれたばかりに、
努力なんてことを、したことがなかった。
失敗をしたことがないから、大きな達成感というものを味わったことがなかった。
負けたことがないから、勝つことの喜びを知らなかった。
いつも満たされていたから、何かを犠牲にしてでも手に入れたいと思うものもなかった。
いつも幸せだったから、それが幸せだと感じたことがなかった。
人に干渉されたくなかったから、一人でいても寂しいと思ったことがなかった。


―オレって、なんて人間らしくない奴だったんだ。

しかし、大学に入り、オレのまわりが急に騒がしくなってきた。
誰もが、オレの未来を知りたがった。
誰もが、オレの未来に何かを期待していた。


しかし、オレ自身が将来について真剣に考え始め、未来に目を向けた時、そこには
どこまでも続く砂漠が広がっていた。

何もなかった・・・

オレは愕然とした。
踏み出さなければならないと思った。

見つけなければいけない。
自分が本当にやりたいことを、オレのすべてを掛けてもやり遂げたいと思うことを・・・

オレは、初めて自分が何者なのかを知りたいと思った。
自分だけの力でどこまで出来るか試してみたくなった。
そして、その中で自分の未来を見つけて行きたいと思った。
日増しに募る焦燥感の中で、オレは自然と家を出ることを決心していた。

オヤジが、おじいさんの会社を大きくするという夢を抱いて、努力したように・・・
相原のおじさんが、小さいながらも自分の店を持つという夢を実現したように・・・
オレも、自分が本当にしたいと思うことを見つけて、それに自分の力を注ぎたい。
それが、琴子の言う<誰かのために>きっと繋がるのだろうと思えた。


さあ、荷物は全部積み込んだ。
オレは、裕樹やチビに別れを告げた。
オフクロがオレの髪を撫でた。


琴子は?・・・

あいつは、オフクロの後ろで大粒の涙を流して、ただオレを見つめていた。


―なんでそんなに泣くんだよ。


これで、琴子やオフクロにオレの生活をかき乱されることもなくなる。
食事や生活が多少不自由になったとしても、それにあまるほどの自由が待っているだろう・・・


嬉しいはずなのに・・・なぜか寂しいと感じている自分がいた。


それは、家を出て、一人になるからじゃない・・・
琴子が、そばにいなくなるから寂しいのだと、思いのほかはっきりと自覚していた。
そして、オレはその気持ちを、あえて否定しようとは思わなかった。


―オレだって、少しは、人間らしいところもあるんだよ。


オレは、走り出した車のルームミラーの中に、オレを見送っている琴子の姿を見つけた。
これが永遠の別れというわけではない。
それなのに、別れ際にはほんの一瞥しかできなかった琴子の姿を、オレはずっと見えなく
なるまで見つめていた。
こんな寂しさを味わうとは思わなかった・・・
明日からの生活に、琴子はいない。


それでも、お前はきっとすぐオレに会いたくなって、こっちの迷惑なんておかまいなしに
オレを探し出すんだろう?


―だって、お前はオレのことが好きなんだからな・・・




                                          END


Menu