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 真正的我−本当のオレ


このkissの後のお話&「鈍色の記憶」の続編的お話です・・・

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「おい、琴子。そのまま眠ったら風邪ひくぞ」

素肌にシーツを巻きつけたままの姿で、軽い寝息をたてはじめた琴子に声をかける・・・
しかし、琴子はすこし顔をしかめてオレに背中を向けると、体を丸くして動かなくなった。
オレは、むき出しの肩に毛布をかけてやりながら、そのまま琴子を背中から抱きしめた。

もうどれくらいこうしてお前を抱いていなかったか・・・
琴子の髪の甘い香りが、やけに懐かしく感じられて胸が熱くなる。

あれは、いつのことだっただろう?
琴子がオレの前から去っていく夢を見たのは・・・
そして、あの夢をなぞるようにオレ達に・・・いや違う、オレにもたらされた試練。
琴子の愛情に疑いようなどありはしないのに、オレはあの夢の続きを見ているかのように
言葉にならない痛みに苦しんだ。

鴨狩啓太・・・あいつがオレの前に現れた時、オレはパンドラの箱を開けてしまったんだ。

初めから気に入らなかった。
わけもなく目障りだった。
それなのに、あいつはいつも琴子のそばにいた。
どこにいても琴子を見ていた。
それがいつもオレの気持ちを逆撫でした。

そして、琴子の口からあいつの名前が出るたびに、琴子があいつと一緒にいるところを見
るたびにオレの中で”何か”が膨らんでいった。
わけのわからない戸惑いは、いつしかオレの心を閉ざし、まわりを見ることさえ出来なくな
ってしまった。
苛立ちと焦燥の中で、琴子を避けるようになっていった。

”嫉妬”・・・

その”何か”の正体がこの言葉と結びつくまでに、オレは随分と回り道をしてしまった。

―まさか、金之助に教えられるとは思っていなかったけどな・・・

今、オレの腕の中であどけない顔をして眠るこの頬を、いったいどれ程の涙が濡らしたの
だろう・・・

―ごめん・・・

オレは、そっと頭をあげると、琴子の頬にそっと唇を押し当てた。


「私のことなんて、最初から愛してなかったんでしょう!」
ドア越しに聞こえてきた琴子の悲鳴のような叫びが今も耳に残って離れない。

―まだ、昨夜のことなんだよな・・・なんだかもう随分前のことのように思えるよ。

情けないことに、オレはあの瞬間まで琴子をそれ程に追い詰めているなんて思ってもい
なかったんだ・・・
自分の中に巣食ったやっかいな感情を持て余して、琴子を見ていると苦しくて、少し距離
をおきたかっただけだったのに・・・
それでも、ただ頭を低くしていれば通り過ぎてしまうものではないことは、わかっていた。
でもどうしたらいいのかわからなかった・・・

―本当にわからなかったんだよ・・・琴子。

家を飛び出したまま帰って来ない琴子の行き先を気にしながら、のろのろと過ぎる時間に
苛立っていた。
玄関のドアの開く音を待ち続け、風が窓を叩く音にさえ振り向いた。
お義父さんが帰宅して、その後ろに琴子の姿がないことに落胆と不安が募った。
琴子は友達の所へ行ったと言うお義父さんの言葉に、妙にほっとしていた。

でも、琴子の行き先が、少なくともあいつの所じゃないことがわかって安心すると同時に、
そんな思いこそが嫉妬のなせる技なのだとあらためて気付かされた。
本当に、金之助の言ったとおり、オレはあいつに対して嫉妬しているのだと思い知らされ
るたびに、そんなはずはないと思うプライドが、オレを卑屈にさせていた。

オレは、それまで琴子を待っていたことなどおくびにも出さずに、お義父さんの前で無関
心を装った。
オレは、自分のことだけに囚われてその時目の前にいるのが、最愛の娘を心配する父親
だということすら忘れていたのかもしれない・・・

オレを打ったお義父さんの拳は、父親としてやり場のない怒りに震え、オレのしていること
が琴子だけじゃなく家族をもどれ程傷つけていたかを気付かせるに十分な力と愛情を持っ
ていた。

―あれで本当に目が覚めたよ・・・

そして、今日・・・絶対に琴子を連れて帰ると決心して大学へ向かった。
それでも、琴子にどう話を切り出そうかと迷っていたオレのところへ、金之助が駆け込ん
できたんだ・・・

―あとは、お前も知ってる通りさ・・・

結局、素直に全てを受け入れてしまう以外、琴子を取り戻す方法なんてないってことを思
い知らされた。
どれ程、自分が愚かだったか・・・どれ程、琴子が必要か・・・どれ程、琴子を愛しているか・・・
ひとつ、ひとつ言葉にすることで、オレは自分を取り戻していった。

―人間の感情ってやつは、本当にやっかいなものだよな・・・


オレはあの時、心から感じたよ。
琴子を見失って、自分を見失って、どんどんと色あせていった世界に、急に鮮やかに色
彩が戻ってくるのを・・・

だから、もう絶対に離さない。
そっちこそ覚悟しておいた方がいい・・・この世で、オレが本当の自分になれるのは琴子の
前だけなんだから・・・


「琴子?・・・おい、琴子」
愛しいと思う気持ちをどうしようもなくて、オレは琴子の耳元に唇を寄せて小さく囁きかけた。

「うーん・・・入江君、どうしたの?」
何度か呼びかけると、薄っすらと目を開けて琴子がこちらを向いた。
その唇に、何も言わずに口づける。
琴子が体ごとこちらを向いて、オレの首に腕を絡める・・・しかし、その腕からもすぐに力が
抜けて琴子は、再び眠りの淵に落ちていった。
オレは、少し落胆しながら小さくため息をつくと、琴子をしっかり抱きしめて目を閉じた。

―オレたち、やっとぐっすり眠れるな・・・

もう、朝が来るたびに昨日の自分に後悔することはない。
得たいの知れない影に怯えることもない。


また、ぶつかり合うこともあるかもしれない、ふとしたことで傷つけあうことも・・・
でも、もう迷うことはないと誓うよ・・・オレが愛しているのはお前だけだということだけは・・・
オレも信じている・・・お前が愛しているのはオレだけだということを・・・


                                               END


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