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 琴子が他の女と違うわけ

それは、琴子の看護実習も終わりに近づいたある日のこと・・・
昼飯を終えて学食を出ようとしたオレに、珍しく金之助が話しかけてきた。

「おう入江、調子はどうや?」
金之助は取ってつけたような挨拶をして、何か言いたげだ。

「別に良くも悪くもないよ。オレに何か用か?」
オレは、歩き続けながら、いつものごとくそっけなく答えた。

「相変わらず無愛想なやっちゃなぁ・・・」
金之助は、不満気な声をあげつつも話しを続けた。
「琴子のことで、お前にひとつ教えてやろうかと思うことがあるんやけど・・・どや?聞きた
いか?」
金之助は、どこか勝ち誇ったような顔をして、オレを見ている。

―琴子のこと?

オレは、金之助の口から”琴子”と言う名前が出てやっと立ち止まると、仕方なく金之助の
方を振り向いた。

「ほう、琴子のことやったらちゃんと立ち止まって聞くんか?・・・」
金之助は、からかうように笑うと、昨日の出来事だと言ってをオレに話し始めた。

昨日、金之助が、オレや琴子が実習をしている大学内の病院のラウンジに調理の助っ人
に呼ばれた時のこと・・・
ランチタイムのピークが過ぎ、ラウンジのホールへ出て食器などを片付けている時に、遅
いランチをとっているナース達の会話が耳に飛び込んできたらしい。

『ねえ!あの見習いの入江琴子と、他の女の違いって何だと思う?・・・どうして入江先生
はあの子を選んだのかしら?あんなに頭も良くていい男なのに、もったいないわよね・・・』

『本当よね〜それに、あの入江直樹って私達が誘っても絶対に来ないわよね・・・他の研
修医なんてみんなイチコロだったのに・・・何かいい方法ないかしら?』
このナースの言葉に、そこにい他のナースみんなが考え込んでいた。

『ねえ、こんなのはどう?明後日の飲み会を親睦会ってことにして、実習中のナース達も
呼ぶのよ・・・そしたらあの入江琴子もくるじゃない?それで、うんと飲ませて酔いつぶれた
ところで入江直樹に電話するの!そうしたら旦那だもの、きっと迎えに来ざる終えないでし
ょう?そこを捕まえるっていうのはどう?名案でしょ?』

「なんだそんなことか・・・」
オレは、金之助の話にあきれて再び歩き始めた。

「お、おい!入江、放っておいてええのか?・・・琴子はお前のせいで、いじめられてんやで?」
金之助は、オレの態度に腹を立てて追いかけてきた。

「じゃあ、オレにどうしろっていうんだ?・・・だいたいそんなこと今に始まったことじゃないだろ!」
オレは、一瞬天井を仰いでから金之助をにらみつけると、まだ何か言いた気な金之助
に背を向けてその場を立ち去った。

「冷たいやっちゃな!」
金之助の声が追いかけて来たが、聞こえない振りをしてそのまま歩き続けた。


看護実習が始まってから、琴子も似たようなことを言っていたことを思い出した。
どこへ行っても女に騒がれるのは、オレが望んでいることじゃない・・・オレを見た女達が
勝手に騒いでいるのをこっちのせいにされてもいい迷惑だ。
正直、女なんて琴子だけで手一杯なのに、当の琴子まで、オレのせいで先輩ナースに
冷たくされると文句を言う始末。

―ふん、勝手にしろ!そういう男と結婚したんだ。それこそ仕方のないことじゃないか・・・


「お義母さん・・・私今夜のご飯いらないです・・・」
朝のキッチンで、琴子がオフクロに言っている声が聞こえた。

「あら、めずらしいわね・・・お友達とお食事?」
オフクロがたずねると、「違うんです・・・」と少し低い声で琴子が答えた。
琴子がコーヒーカップを持ってキッチンから出て来てオレの隣に座る。
心なしか、琴子に元気がないように感じるのは、寝起きだからか・・・?
オレがなんとなく気になって隣の琴子の横顔を見つめていると、琴子はコーヒーを口に
運びながら深い深いため息をひとつ付いた。

「おい、なんだよ。朝からそんな大きなため息ついて・・・」
オレが、ひとにらみしながら言うと、琴子が突然「あーー」と声を上げながら、テーブルに
突っ伏した。

「な、なんだよ急に!」
さすがのオレも驚いて琴子の顔を覗き込んでいると、琴子はテーブルに頭を乗せたまま
顔だけをこちらに向けて口を尖らせながら話し始めた。
「だって、今日の飲み会って、先輩ナース達と一緒なんだもん、あんまり気が進まないよ・・・」

「だったら行かなきゃいいじゃないか」
オレは、英字新聞をめくりながら冷たく言い放った。

「そうはいかないんだもん!」
琴子は、そう言うと体を起こして、やけくそのように目の前のトーストにかぶりついた。

昨日、金之助から聞いた話が頭に浮かんだ。
先輩ナース達の策略を琴子が知っているはずもないと思いながら、もし本当に琴子が酔
いつぶれてオレに迎えに来るように連絡が入ったら、オレはどうしたらいいのだろうと考え
ていた。

―行った方がいいのか、それとも行かないのが琴子のためか・・・

考えながら、ふと苦笑いが込み上げる・・・琴子には、琴子の人間関係がある。オレに助
けて欲しければ琴子が自分で言ってくるだろう・・・今からそんなことを考えていても意味
のないことだと気付いた。

「琴子?・・・先に行くぞ、今日は講義のある日だから、その前にちょっと図書館に寄って
から行きたいんだ。」
オレは、バッグを肩にかけながら、まだ何かブツブツといいながらトーストを食べている琴
子に声をかけて席を立った。

「えっ?・・・入江君、ちょっと待って!」
「お前を待ってたら図書館に寄れないから、今日は先に行かせてくれ!」
「うーん、わかってるってば・・・一緒に行きたいとかじゃなくて、言っておかなくちゃいけな
いこと忘れてたから・・・」
「なんだよ、早く言えよ」
「あのね、もし今夜私を迎えに来てっていう電話が来ても、絶対に迎えに来なくていいか
らね!出来れば、携帯の電源切っておいて欲しいくらいなんだから!」

―えっ?・・・こいつ、金之助が言ってた先輩ナースの策略を知ってるのか?

オレは、少し迷ってから、今朝の図書館行きはあきらめた。

「携帯はお前からかかってくるばかりじゃないから、電源を切っておくことはできないけど
どういうことか話してみろよ」
オレは、金之助に聞いたことには触れずに、玄関に置かれたベンチに腰掛けながら言った。

「だって、先輩たちったら、私をダシにして入江君を呼び出そうとしてるんだもん!絶対そ
うに決まってる」
琴子は、オレの前に立つと口を尖らせながら言った。
思わず、笑いが込み上げる。

「そういうことなら、迎えに行ってやろうか?」
オレの何気ないひと言を、琴子が思いのほか強く拒絶した。

「ダメ、ダメ!!絶対に来ないでね。私、なるべくあんまり酔わないようにして、ちゃんと自分
で帰ってくるから・・・」

「もし、酔いつぶれちゃったらどうするんだよ・・・」

「えっ?・・・な、なんとかするから、だから絶対に来ないでね、どんなに気持ち悪くても、歩
けなくても、自分で帰ってくるから・・・ねっ?約束だよ!」

「お前、オレのせいで先輩達にも冷たくされてるって言ってたじゃないか・・・それなら、こう
いう時に点数かせいでおいた方がいいんじゃないのか?」
オレは、からかい半分、本音半分で琴子に言った。
ところが、琴子は大きくかぶりを振った。

「そんな必要ないよ・・・入江君が先輩達に囲まれてるところを見るくらいなら、ずっといじめ
られててもいいよ!だって、どんなことがあっても、私は入江君の奥さんなんだし、入江君
だって私のこと・・・」
そこまで言うと、琴子はオレを上目遣いに見て顔を赤らめている。

「そこまでわかってるんだったら、別にオレが先輩達に囲まれてても信じていればいいじゃ
ないか」
オレは、琴子の答えがわかっていて、わざとそういった。

「そういう問題じゃないの!・・・嫌なものは嫌なんだもん!入江君だって知ってるくせに・・・」
琴子は頬を膨らませてそう言うと「あっ遅刻しちゃう!」といいながら、二階へ駆け上がって
いった。

オレは、もう図書館へ行くには遅くなりすぎてはいたが、琴子を待っていたら講義にも間に
合わないかもしれないと思い、そのまま玄関を出て学校へ向かった。

―オレが他の女に囲まれてるところを見るくらいなら、いじめられていた方がましだって言
 ったな、あいつ・・・

オレは、歩きながら顔が勝手ににやけてくるのを感じていた。


その夜、早々に家に帰っていると、夕飯を終えた直後に携帯電話が鳴り出した。
着信画面は、琴子になっているが相手は明らかに琴子とは違う声をしていた。
琴子が酔って眠ってしまったので、迎えに来て欲しいという言葉に、オレはすぐに行くと返
事をして電話を切った。

店に到着すると、オレをみつけた先輩ナース達から、歓声があがった。
オレは、その先輩たちに軽く頭を下げると、琴子を探した。
見ると、その先輩たちの奥のテーブルに突っ伏して眠っている琴子の姿があった。

「琴子がご迷惑をおかけしました。連れて帰ります」
オレが、そう言いながら琴子のテーブルに行こうとすると、先輩ナース達がオレの行く手を
遮った。

「せっかく来たんだし、琴子さんも眠っちゃってるんだから、入江君もここに座らない?」

案の定、相手にとっては計画通りの展開だ。
でも、オレはもちろんそこに座る気はない・・・

「オレは、琴子を連れて帰るために来たんです。電話でも迎えに来てくれと言われましたし
ね・・・オレには、そこに座る理由がありません。」
オレは、キッパリと言い放った。

「そんなこと言わないで・・・いつ誘っても来てくれないし、入江君だって将来のこと考えた
ら私達と仲良くしておいた方がいいと思うけど」
相手も、なかなかしたたかなことを言う。

「そうですか?オレは別にそうは思いませんが・・・でも、もし今これ以上あれこれ言わず
に、琴子を連れてかえらせてくれるんでしたら、人気のなくなった昼のラウンジでの秘密
の計画については、婦長に言わないでいてあげますよ」
オレは、にやりと笑って先輩ナース達の顔を一瞥した。

一様に驚いた顔をして何も言えなくなっているナース達に向かって一歩踏み出すと、目
の前を遮っていた数人のナースが引き下がって道を開いた。

オレは、すっかり正体をなくしている琴子を抱き上げると、呆然としているナース達に向
かって言った。
「そういえば、ラウンジでの秘密の話の時に、琴子と他の女の違いはなんだって言ってま
したよね・・・」
オレの言葉に、目の前のナース達はさらに驚いた顔でオレを見ている。
オレは、込み上げてくる笑いと戦いながら、話を続けた。

「せっかく、オレのこと知りたがってるみたいですから、教えてあげますよ・・・琴子と他の
女の違いは、こいつの全てはオレを中心に回っているってことですね・・・」

「そんなのって、重くないの?・・・」
一人のナースが、オレを憐れむような目をして聞いてきた。

「重い?・・・なぜです?・・・こんなに楽な相手はいませんよ。」
オレはオレで、真意を理解しない相手に、憐れむような視線を投げかけて答えた。

「えっ?・・・楽?」

「そうです。オレは、なにも取り繕うことなく、ありのままでいられるんですよ・・・ただ、こい
つの中心がオレなんで、オレがいなくなったらこいつ壊れちゃうんです・・・そこがひとつだ
け難点といえますかね・・・」

オレは、呆然としているナース達に、「それじゃ」とひとこと言って、琴子を抱いたまま店を出た
少し大人気なかったかなと思いつつ、オレは夜の街を琴子を連れて歩いていた。
でも、さっき言ったことは本当のことさ。

琴子の全てはオレを中心に回っている。
それは、現実の生活も、過去も、未来も、心も・・・そしてもしかしたら来世も・・・
こんな風に、全身全霊で愛されてみろ、抵抗なんてできるわけがない。
この計り知れないパワーをコントロールしてやるのは、至難の業なんだよ・・・

だから、たまにはこうして正体をなくしたお前に目一杯やさしくしてやることも、オレにとって
は幸せだったりするんだろう。
明日、目が覚めてオレが迎えに行ったことを知った琴子が、二日酔いの頭を抱えながら、

悔しがる姿さえ目に浮かぶ。
そして、その後目をキラキラさせながら、どうして迎えに来たのかと聞くんだろう・・・
オレは、もちろん琴子の期待するような答えは言わないさ・・・


「うーん・・・入江君、来ちゃダメだよ・・・色気で迫られて・・・餌食になっちゃうから・・・」
琴子が、寝言のようにブツブツと言っている。

―おいおい・・・まったく世話の焼けるやつ・・・

オレは、琴子のことになるとついムキなる自分を自嘲気味に笑いながら、琴子の手をしっ
かりと握りしめて歩き続けた。


そうそう・・・今日のオレを勝利に導いてくれた金之助に感謝しながら・・・


                                              END


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