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 神様の采配

琴子が、神にとても可愛がられていると思ったのはどうしてなのか・・・
ただ、琴子が起こした奇跡のような出来事を、オレはそう思って納得しようとしていたのかも
しれない。

そして、オレはそんな神にさえ嫉妬する・・・
琴子を愛するのはこのオレだけなのだと思いながら・・・

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「うーん・・・入江君、怒らないで・・・ごめんなさい・・・」

オレは、キーボードを打つ手を止めて、ベッドで眠っている琴子を振り向いた。
ついさっきまで、オフクロ相手にあんなに嬉々として理美の赤ん坊のことを話していたのに
夢の中ではまたオレに怒鳴られているのか・・・

オレは、椅子から立ち上がると、眠る琴子の傍らに腰掛けた。

―あんな思いはもうごめんだぜ・・・

オレは、琴子の髪を撫でながら、ココロの中でつぶやいた。
何度打ち消しても、脳裏に蘇るのは、暴走してきた車の運転席に琴子の姿を見つけたとき
の足がすくむほどの驚き。

破水した理美を、車椅子に乗せて医師に託したあと、良に電話する琴子の声を聞きながら、
安堵すると同時に湧きあがった感情・・・

もう十分に恐い思いをしてきて、決して正しい選択をしたのではないことくらい琴子にだって
わかっているはずなのに、本当は何よりも先にこの腕に抱きしめたいと思う気持ちを抑えて
オレは琴子を怒鳴りつけた。

・・・どれ程琴子が泣いても、怯えても、言わなければいけないとそのときオレは思った。
でも、今こうして琴子の寝顔を見ていると思うことはただひとつ・・・

―お前・・・どうしてそんな時こそ、オレを呼ばないんだよ・・・

結局、オレのココロに沸々と渦巻くのは、それか?・・・

オレは、琴子の輪郭を指でなぞりながら、思わず苦笑していた。
あんな一大事に、なぜオレを思い出さなかったのかという思いが、ずっとココロに引っかかっ
ていた。

オレなら、きっと一番安全で一番確実な方法で理美と琴子を助けてやれたに違いないのに・・・
この気持ちは、どこか嫉妬にも似ていて、オレの自尊心をチクチクと刺激していた。

「入江君・・・ごめん・・・なさい・・・怒らな・・・いで・・・」
琴子は、まだ夢の中でオレに怒鳴られているらしい・・・

―起こしてやろうか・・・

しかし、オレは苦笑いを浮かべたまま、琴子の顔を見つめていた。
少し、恐い目に合えばいい・・・
オレが、どれ程肝をつぶしたか、どれ程身の縮む思いをしたか、思い知ればいいんだ。

でも、琴子の無鉄砲さは今に始まったことじゃないと思いながら、それでもそのたびにオレの
理解の範疇を超えた出来事が起きてきたのも事実だ。

今日だって・・・
もし、琴子が理美の破水に気づいた時に、自分で運転するという選択肢を選ばなければ、確
実に理美は帝王切開で出産していただろう。
結局、琴子のとった行動が、理美と赤ん坊にとって理想的な出産を促したのだから、こっちと
しては、なんとも複雑な心境だ。
もちろん、琴子のとった行動は、絶対にしてはいけないことだ・・・それでも、不思議と琴子に
はどんなことでもプラスに変えてしまう力があるらしい・・・

オレは、ふうっと息を吐き出した。

―こいつは神様に可愛がられているらしい・・・か・・・

オレも随分とロマンチックなことを考えるようになったもんだ。
もし、琴子が神に特別に愛されている存在なのだとしたなら、今日の一大事にオレを思い出
さなかったのも、神の采配と思うしかないのだろうか・・・

そうか・・・

もしかしたら、オレの前に琴子が現れたのも、また神の采配なのかもしれない。
そして、それを人は運命と呼ぶのだろう。

「あははは・・・」
オレは、思わず声をあげて笑った。
なんだかとても幸せな気分だった。

「お前にはいつも度肝を抜かれる・・・まったくかなわないよ」
オレは、琴子の閉じた瞼に向かってつぶやくと、そっとその額にキスをした。

すると、それまでオレに怒鳴られる夢をみてうなされていた琴子が急に穏やかな顔をして、
静かに寝息をたてはじめた・・・拍子抜けするようなその変化にまた笑いが込み上げる。

結局、琴子を泣かすのも、笑わせるのもオレ次第なんだと改めて思わされる。
そして、このオレをあんなにも怒らせることができるのも、オレをあんなに心配させることが
できるのもこの世で、琴子ひとりだろう・・・


これもまた神の采配なのかもしれない・・・


そうさ・・・こんな風にオレにぼやかせるのも琴子だけ・・・
だから、神はオレに琴子を与えたのか・・・いや、オレを琴子に与えたのか・・・

なんだかとりとめのない思いで、胸がいっぱいになった。
そして、オレはなんだかとても切ない気持ちで、ため息をついた。

琴子の頬に、自分の頬を押し付けながら、声にならない「愛してる」をつぶやく。

そして、もう一度・・・こんなにも愛おしいのに、自分の不器用な気持ちがもどかしくて、深い
深いため息をついた・・・ 


                                           END






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