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 心を満たすkiss

オレと琴子は、ミスター・ミスコン会場の人ごみを抜けて池の脇の舗道へ出た。
金之助とクリスを祝福する歓声に背を向けて歩きながら、オレは実に爽快な気分を
味わっていた。

金之助が、クリスに対する気持ちを、はっきり告げられないでいることは知っていた。
人は、時に自分の気持ちにだけは素直になれなかったりするものだ・・・オレにも身に覚
えがある。

だから、オレがミスター康南の特権を利用して、ちょっとだけ金之助の背中を押してやっ
た・・・ただそれだけのこと。

―オレも、そんな風にあいつに背中を押されたことがあるから・・・

啓太との一件は、金之助がオレと琴子を救ってくれたようなものだから。

―だから、これで、きっちり借りは返したぜ、金之助。

なんだかんだと言いながら、金之助がいつも琴子の幸せを一番に思っていることは知っ
ていた。そして琴子にとっての幸せが何かということも、金之助はよく知ってる。
でも金之助こそ、もう自分の幸せについて考えるべきなんだ。
オレにとって琴子がそうだったように、金之助を心から想っているクリスという存在がある
のだから・・・

そんな上機嫌なオレとは裏腹に、後ろから付いてくる琴子は、これ以上ないような仏頂面
をオレに向けている。



「なんだよ・・・ミス康南に選ばれなかったのがそんなに不満なのか・・・」
オレは、半ばあきれながら琴子に聞いた。

「別に・・・ミス康南になりたかったわけじゃないもん。ただ、私は入江君が別の人とキス
することになるのが恐かったの!」
琴子は口を尖らせながら、答える。

オレが他の女とキスするのを阻止するために自分がミス康南に選ばれようとするなんて
あまりに琴子らしい発想で、笑いが込み上げる。
だいたい、オレ自身がミスター康南に選ばれることを望んでいないのに、そんな企画に素
直に従うとでも思ってるのか・・・

―このオレが、お前以外の女なんかとキスするかよ・・・

「あんなに一生懸命票集めしたのに、結局選ばれなかったし・・・それに私はミセスだもん
当然ミスになんて選ばれないわよね・・・」

―そんなこと、最初から気付けよ。

「ただ・・・ただ私は自分に腹が立ってしかたがないの!こんなことなら、学園祭の間ずっ
と入江君のそばにいればよかった!・・・なんであんなに票集めに走り回ってたんだろ。
時間を無駄にしちゃった・・・」

―オレは、お前が走り回ってたお陰で、学園祭なんて関係なくいられてよかったけど・・・

「それで・・・それで、一緒に学園祭をもっとたのしめばよかった・・・それで・・・」
琴子の不満はまだまだ止まりそうもない。

「それで?」

「それで、大学生活の思い出を作ればよかった。だって、入江君もうすぐ卒業なのに・・・」
オレは、ポケットに手を入れたまま、振り向きざまに琴子の唇を塞いだ・・・もちろん、それ
は、オレの唇で・・・琴子を黙らせるには、これが一番だ。

不意打ちのキスは、琴子の表情を和らげ、池の水面を撫でる爽やかな風を受けて、オレ
たちは見つめ合った。

「入江君?・・・もし、あの時金ちゃんが舞台に上がって来なかったら、クリスとキスしてた?」
オレのシャツを掴んで、琴子がオレを見上げる・・・
それは、きっと琴子が一番聞きたかったこと。

オレの演技は、それ程真に迫っていたのか・・・琴子の真剣ぶりがおかしくて、オレは琴子
から目をそらして答えた。

「オレには、初めからわかってたんだ・・・金之助が来なかったとしても、きっとお前が飛ん
でくるってね・・・ん?」

オレの言葉に、やっと琴子がはにかんだ笑顔を見せる・・・

間近に顔を寄せ合えば、琴子の瞳の中にはオレがいて、琴子が見つめるオレの瞳には琴
子が映っている。
どちらからともなく重なる唇・・・このキスがきっと今日の思い出になる。

嬉しくて、幸せで、琴子の腕がオレの首に絡みつく。
その背中を抱き寄せれば、二人きりの甘い時間は止まり、オレは一番好きな琴子の香りに
包まれる。
琴子の真っ直ぐな愛情が、オレのココロを満たしていく・・・

それなのに・・・オレが、こんなにきつく抱きしめても、琴子は自分の想いだけにいっぱいで、
オレがどれ程、琴子を想っているかを計りもしない。
こんな時を何度繰り返しても、すぐにあれこれ考えて、勝手に不安になるんだ。

―オレは、こんなにもお前に参ってるのにな・・・

琴子だけがそれを知らないのが、もどかしくも可笑しくて・・・
初めて出逢ったあの頃から、変わることないその情熱が、何よりも愛おしくて・・・



学園祭の喧騒が、時おり微かなBGMになって、オレたちが今どこにいるかを思い出させる。
でも、今はもう少しこうして琴子を抱きしめていたい・・・

オレにしてみれば、琴子にとってのNo1であれば、誰にどう思われようと関係ないのさ。

―それ程に、お前だけが愛おしくてしかたがないのだから・・・


                                                 END


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