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 潮騒を聴きながら・・・

琴子が静かに寝息をたて始めた・・・
ベッドの脇に立って見下ろすと、琴子はこの上なく幸せそうな顔で眠っている。

―まったく・・・

オレは小さくため息をつくと、ふと思って布団からはみ出した琴子の足首に手を当てた。

―うん、腫れてはいないな・・・これなら大丈夫。

オレは、安心してベッドにもぐりこむと、肘枕の体勢で琴子の寝顔を見つめた。
海辺のカフェで、琴子を見つけた時からの事を思い起こすと、自然と顔が緩んでくる。

―本当に、無鉄砲な奴・・・

いつものことだと思いながらも、あまりにあどけない顔で眠っている琴子を見ていると、なん
だか憎らしくなってくる・・・オレは、琴子の鼻の頭を指で弾いてやった。
すると、琴子は「うーん」と唸りながら、寝返りを打ってオレに背中を向けた。


遅かれ早かれ、こんな日が来ることはわかっていたような気がする・・・
琴子が、オレと離れてそんなに長く我慢していられるわけがない。

オレが馬祖へ来て、もうどれくらいがたつのだろうか・・・せいぜい、10日が限界だと思って
いたから、むしろ、よくぞここまで我慢したと褒めてやるべきか・・・

騒ぐ奈美ちゃんの指差す方向に目をやった時、本当は、それが琴子だということはひと目で
わかっていた。

―オレを誰だと思ってるんだ・・・

どんなに顔を隠して声色を変えても、このオレを騙せるわけがない。
奇妙な変装をしていたって、その肩に触れたとたん、それはオレが一番よく知っている感触
なのだから、隠しようがあるまい。

ただ、正直に言えば、琴子を目の前にして、怒りよりも先に、嬉しさがこみ上げたのは確か
だった。
だから、琴子が、看護師になってからここへ来ると言った約束を守らなかったとしても、ひと
目顔が見たかっただけだと言って帰る素振りを見せたとしても、きっと琴子が今夜こうしてオ
レの腕の中にいることはわかっていた。

―そうさ・・・オレが帰したくなかったんだから・・・

琴子が、どれ程オレに会いたがっていたか、あまりに容易に想像ができて笑いが込み上げる。
家族や友人たちも、随分と迷惑をこうむったことだろう・・・

「仕方がないから、休みの時には帰るようにする・・・約束するよ」
オレは、眠った琴子の耳元で小さく囁きながら、そっとその背中を抱きしめて目を閉じた。

こうして、琴子のぬくもりを感じながら目を閉じていると、まるで家のベッドにいるような錯覚に
陥る・・・
この馬祖での暮らしの中で、このぬくもりをどれ程恋しいと思っていたかを実感して、思わず
苦笑いが込み上げる。

―オレも、相当なもんだ・・・

開け放した窓から流れ込む潮騒が、疲れた体に心地よくまとわりついてくる。
普段はあまり意識などしないのに、なぜか今夜は優しい子守唄にすら聴こえて、オレを眠り
へと(いざな)う・・・

そしてオレは、遠のく意識の中で、考えていた・・・

明日は、ちゃんと琴子を帰さなくてはいけない。
このままでは、離したくなくなってしまいそうだ・・・・・・と。



                                           END


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