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 一途な想い・・・

気がつくとボクは、家の門の前に立っていた。
ここまでどこをどう歩いて帰ってきたのか、まったく覚えていなかった。

門に手をかけて、ふと手を離す・・・なんとなくこのまま家の中に入ることがはばかられた。
きっと先に家に帰った琴子が、待ち構えているに決まっている。
琴子は、母さんにも話しているだろうし、そうなれば女二人に攻め立てられて、ボクはきっ
と今あったことの全てを白状させられることになるんだ。

ボクは、門柱の陰に寄りかかって、そのまま地面に腰を下ろした。
両膝を抱えて、雲ひとつない青空を見上げる。

―好美・・・

初めて好美を抱きしめた・・・
愛おしいと思った・・・本当に、そう思った。
その気持ちは、いったいどこから湧きあがったのか、あの時とても自然に、ただ好美を抱き
しめたいと思った。



中1の時、教育実習に来ていた琴子にそそのかされて、ボクに告白をした好美・・・
いくらボクがお兄ちゃんをとても尊敬していて、お兄ちゃんを目標にしていたとしても、何も
琴子と同じF組の女を彼女にするつもりなど毛頭なかった。
それに、ボクは、お兄ちゃんのようにまったく女や恋に無関心だったわけじゃない。
それなりに、あこがれた女の子もいた・・・でも、それはどこかTVのアイドルを好きになるよ
うな感覚と似ていて、いつも現実味がなかった。

―だいたい、ボクが好きになった子は、お兄ちゃんを好きになっちゃったし・・・

ふと、自分の右の手のひらを見つめる。
この手が、好美の頭を引き寄せて、好美はそっとボクに寄り添ったんだ・・・その瞬間の感
覚がふと蘇って、ボクは慌ててそれを打ち消した。
鏡を見なくても、顔が真っ赤になっているのがわかる・・・火照る頬を両手で叩きながら、ま
るで自分のものではないような心臓の鼓動を聞いていた。

「だって、裕樹くんが大好きなチビが目の前で血を流していたのよ!・・・私にはそんなチビ
を見捨てて来ることなんてできなかった・・・」
好美が言った言葉と一緒に、獣医が言っていたチビが手術している横で、必死でチビを励
ましていたという好美の姿を想像した。

そして、それにオーバーラップするように、ボクの脳裏に蘇った場面があった・・・

あれは、ボクが腸閉塞で入院した時のことだ・・・
「裕樹くん、しっかりして!痛いの?かわいそうに・・・神様!裕樹くんをお守りください・・・」
病院に運ばれて、診断を待っている間、ボクのベッドの横で泣きながらボクを励ましてくれ
た琴子の姿が思い出された。

きっと、好美もあんな風にチビを励ましていたんだろう・・・


―そうか!

その時、ボクはふと思った。
それは、手術が終って意識が戻ったボクの目の前に展開されたシーン・・・
そう・・・あの時、お兄ちゃんは琴子にキスしていたんだ。
あの時のボクはまだ子供で、あのお兄ちゃんがどうして琴子なんかにキスをしているのか
信じられなかったけど、今ならわかるような気がする・・・

きっと、あの時のお兄ちゃんは、今日のボクと同じ気持ちだったんだ。

パパもママもいなくて、ボクと二人きりだった夜に起こった出来事だった。
誰も頼る人のいない中で、琴子がひとりでボクを救ってくれたんだから・・・

そうさ・・・きっとそうなんだ。
ボクが、今日好美を思わず抱きしめたくなったみたいに、あの時のお兄ちゃんもきっと・・・

人は、こんな風にして誰か一人の人を好きになって行くものなのかな。

ボクは知っている。
今、お兄ちゃんがどれ程琴子のことを大事にしているか、どれ程琴子のことを愛しているか。
それは、見てるこっちが照れてしまうほどに・・・
そして、あの頃から変わることなく、ただひたすらお兄ちゃんだけの、琴子の一途な想いも・・・
そんな琴子のように、好美がボクを想ってくれていることも・・・

―あの笑顔を曇らせないように、ボクも素直にならなきゃいけないかな・・・


家の中からチビの吼える声が聞こえて来る。
ボクの気配に気がついたのか・・・

ボクは、立ち上がると、パンツについた砂を払い落とした。
そして、大きく息を吸い込んでひとつ深呼吸をすると、覚悟を決めて門を開けて中へ入って
いった。

玄関を開けたとたんに、飛び出してきてボクを質問攻めにする琴子と母さんに戦慄を覚え
ながら・・・
でも、きっと二人が今日のボクと好美のことを、心から喜んでくれるだろうと思いながら・・・


                                           END




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