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 惹き合う心の不思議

まさか・・・そんなことが・・・
オレの琴子への想いは、遥か海も越えるのか?

それは、やけに鮮やかに瞼に焼きついていた夢・・・
そうさ、夢の中のことだと思っていたのに・・・

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「ああ、さっぱりした・・・お腹もいっぱいだし、目の前には入江君もいるし、ホント幸せ・・・」
バスルームから出てきた琴子が、ため息混じりにつぶやく。

外は、雨は上がったとはいえ、まだ台風の名残の強い風が、時おり窓を激しく揺さぶって
いる。

オレは、パソコンに向かったまま、琴子がベッドの端に腰掛けて濡れた髪を拭いているの
を横目で見ながら苦笑していた。

―ついさっきまで、嵐の中で泣いていたくせに、本当に幸せなやつ・・・

「入江君も、お風呂入ってくれば?ん〜もうこのまま横になったらすぐに眠っちゃいそう・・・」
琴子は、大きな口をあけてあくびをしながら言った。

「寝ちゃっていいぞ・・・オレは、まだやることがあるから・・・」
オレは、パソコンの画面を見たまま答えた。

「ええ〜でも、まだ話したいことがいっぱいあるのに〜看護師試験の勉強中の苦労話とか」
琴子が不満気な声をあげる。

「さんざん電話してきて、話してただろう?・・・もう、いいよ」
オレは、噴出しそうになるのを堪えながら答えた。

「でも、ひとつだけまだ誰にも話してない、とっておきの話があるのよ・・・どう?聞きたい?」
琴子が、ベッドから立ち上がって、オレとパソコンの間に顔を入れて、満面の笑みを見せる。

「それを言うなら、”聞いてください”だろ?・・・そんなにとっておきの話なら、聞いてやるよ。
さあどうぞ!」
オレは、琴子の方に体を向けると、かしこまって背筋を伸ばして見せた。
すると、琴子は、嬉しそうにオレと向き合うと、オホンとひとつ咳払いをしてから話し始めた。
「あのね・・・あれは、看護師試験の少し前だったかな・・・私、本当に一生懸命勉強していた
のよ・・・
でも、わからないところがいっぱいあって、煮詰まっちゃっててね・・・そんな時に限って、チ
ビが部屋のソファに座ってたり、裕樹くんが私がサボってるって嫌味言いに来たりして、私、
みんなにあたり散らしちゃった時があったの・・・」

―それは、裕樹もチビもいい迷惑だっただろうな・・・

オレは、裕樹とチビを追い払う琴子の姿を想像して、込み上げる笑いを堪えていた。
しかし、そんなオレの様子になどお構いなしに、琴子は目をキラキラと輝かせながら、遠く
を見るようにして話を続けた。

「それで、なんだか自信もないし、やる気もなくしちゃってたらね、追い払ったはずの裕樹君
が、まだ隣に座ってるような気配がして、文句を言おうとしたの・・・そしたらね・・・うふふ・・・」
琴子が、急に含み笑いをして、オレをじっと見つめた。

「ん?・・・」
オレは、わけがわからず、熱い視線を向けてくる琴子に首を傾げて見せた。

「あのね、裕樹くんだと思ってた気配はね、なんと入江君だったのーー!白衣を着た入江
君が、私の横に座っててね、”ガンバレ”って言ってキスしてくれたんだよ・・・”お前ならきっ
と出来る”って励ましてくれたの・・・」
琴子は、その瞬間を頭に思い描いているのか、うっとりとした顔で微笑んでいる。

「えっ?・・・」
しかしオレは、思わず絶句して、琴子の顔をマジマジと見つめていた。

「ああ、もちろんそれは、私が見た幻なのよ・・・そんなに驚いた?だって、入江君は遠く離れ
た馬祖にいたんだから私を励ましに来られるわけないじゃない?・・・でもね、そのお陰で私
はまたやる気が出てきて、なんとか試験に合格することが出来たって思ってるの・・・
どう?素敵な話でしょ?離れてても、入江君とは心と心がつながってるんだなぁ〜って思え
てすごく嬉しかったのよ・・・・・・あれ?入江君どうしたの?」
夢中で話していた琴子が、オレの様子の変化に気付いて思わず顔を覗き込んでくる。

その時のオレは、琴子の話しに頷くことも出来ないほど驚きながら、ある記憶を辿っていた。

―オレが琴子を励まして、キスをしただって?・・・

「琴子?それって、いつのことだか覚えているか?」
オレは、胸に手をあてて、じっと目をつぶったまま琴子に尋ねた。

「うーん、たぶん試験の3日前くらいだと思うけど・・・それがどうしたの?」
琴子が、不審げな視線を向けたまま、オレの次の言葉を待っている。

しかし、オレはオレ自身が、今自分の頭の中に蘇ってきた記憶を信じられずに戸惑っていた。
どうして、オレの夢のことを琴子が話しているのかを・・・


そう・・・あれは、こんな小さな島の病院では珍しく、大きな手術が行われた日だった。
その手術に助手として立ち会ったオレは、8時間にも及ぶ手術を終えた後も、他の医師達
と患者の様子を見ながらずっとICUに詰めていた。
そして、夜も更けた頃にやっと患者の様子が落ち着いたのを見計らって、交代で仮眠を取
ることになった。
先輩医師の配慮もあって、こういった事態に一番不慣れだったオレが、先に1時間の仮眠
を取ることになり、オレは、朦朧としながら仮眠室のベッド体を横たえた。
そして、携帯のアラームをセットしようとしたときに、待ち受け画面の琴子の写真を見ながら
思ったんだ。

「あと3日で、あいつも試験だな・・・オレがいなくてもちゃんとやってるだろうか・・・ひとこと
ガンバレって言ってやったら、琴子のやつ、きっと喜ぶんだろうな・・・」
そんなことを思いながら、オレはあっという間に眠りの中に引き込まれ行った。

そして、オレは夢を見た・・・そう、あれは夢のはずなんだ。

気付くと目の前に、頭を抱えてしかめっ面をしてる琴子が座っていた。
オレは、驚く琴子の背後に回って、その耳元に言ったんだ・・・「ガンバレ」と・・・
「お前ならきっと出きる・・・」そう言って、キスを・・・

そして、オレはハッとして目を開けた。
琴子の香りが漂っているような気がして、あたりを見回した。
まだ琴子の感触が残っているような気がして、手のひらを見つめた。
そして、唇には明らかに琴子のぬくもりが感じられた・・・
それなのに、目に映るのは仮眠室の、やけに白いシーツと鉄パイプのベッドだけの殺風景
な景色だけだった。

「い、入江君?・・・どうしたの?気分でも悪いの?」
心配そうに琴子が声を掛けてくる。

「なんでもないよ・・・」
オレは、首を振りながら琴子になんとか微笑んで見せた。

―オレは・・・オレの想いは・・・

オレは、少し自嘲気味に笑うと、釈然としない顔で見ている琴子を残してバスルームのドア
を開けた。なんだか、照れくさくて琴子の顔がまともに見れないような気がした。

―オレの想いは、海も越えるのか?・・・

熱いシャワーを、頭から浴びた。
琴子の話を聞いていなければ、ただの夢で終ってしまっていたものが、湯気のスクリーン
の中に何度も浮かび上がってきて、オレはそれを飽きずに眺めていた。
しかし、ほんの短い記憶の断片は、どこか曖昧で、それでいて鮮明で、やっぱりそれは夢
だとしか思えないと、無理やり自分を納得させようとした。

―シンパシー・・・

ふと、そんな言葉が浮かんだ。
オレを求める琴子の心と、琴子を求めるオレの心が、きっと同じ時間、同じ時空で共鳴し合
ったんだろうと・・・

強く惹き合う心は、時にそんな不思議を起こすものなのかもしれない・・・そして、それが琴
子を励まし、勇気付けたことが何よりも嬉しかった。

―そういえば、オレは魔法使いの息子だったっけ・・・ (★参照)

こんな話を聞いたら、オフクロが狂喜乱舞しそうだと思い、苦笑しながらシャワーを止めた。


バスルームから出ると、琴子は疲れ切って、すでにベッドの上で静かな寝息を立てていた。
あんな嵐の中を、たった一人でここまで来るなんて、いくら無鉄砲な琴子でも、どれ程心細
かったことだろう。

―もしお前に何かあったら、オレはどうしたらいいんだよ・・・

オレは、静かに琴子の隣に寄り添うと、顔にかかった髪をよけてやりながら、額を撫でた。
そして、あどけない寝顔があまりにも愛おしくて、思わず眠る唇にそっと唇を押し当てていた。

琴子を励ました幻のオレが、実は海を越えて飛んで行ったオレの心だということを、すぐに
でも教えてやりたかったと思いながら・・・



                                         END


★「そういえば、オレは魔法使いの息子だったっけ・・・」 
  このセリフに疑問を抱いた方はこちらをお読みください→
「媽媽は魔法使い」


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