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 笑顔を見たくて

馬祖から約1時間のフライトで、オレは台北の空港に降り立った。
朝の空港ターミナルを、人の波を縫うようにタクシー乗り場を目指す。
タクシー待ちの列に並びながら、家に電話をかけたのは、琴子の所在を確かめるため・・・
何もかもお見通しのオフクロは、受話器の向こうでただひとこと「琴子ちゃんは、病院よ」と
言って、含み笑いをしながら電話を切った。

「康南大学病院へ」
オレはタクシーに乗り込んで、運転手に行き先を告げると、大きく息を吐き出してシートに
身を沈めた。

―もうすぐ、琴子に会える・・・

兵役中も、休暇を利用して何度かこうして家に帰った・・・しかし、今日は車窓から見える景
色すら、あの時とは違って見える。
それは、もうこの同じ道を切ない気持ちで、引き返すことはないということに他ならない。
そう・・・もう、涙を必死にこらえて震えている唇に、お別れのキスをする必要はないのだと
思うと、自然と笑みが浮かんでくる。

康南大病院の正面玄関でタクシーを降りると、オレは病院のロビーに足を踏み入れた。
何度か家に帰ったとはいえ、この病院に来るのは、本当に大学を卒業して以来だ。
懐かしさに、あたりを見回していると、相変わらず女達の視線を感じる・・・しかし、オレが見
つめ返す瞳を持つのはただひとりだけ。

オレは、すぐにでも琴子を探したい気持ちを抑えて、まずは教授の部屋と向かった。
ここで、順番を間違えてはいけないんだ・・・琴子に会うよりも先に、除隊した報告と、この
病院に医師として戻ることの許しを受ける必要があった。

そうさ・・・そうでなければ、琴子の夢は叶わない・・・
オレと一緒にいたい一心で、ここまでがんばってきた琴子の夢は、オレにしか叶えられな
いものなのだから・・・

それにしても、琴子がこの病院のどこかで、看護師として働いているのかと思うと、笑いが
込み上げる。
琴子に看護される気の毒な患者を思うと、オレにはただ同情することしかできなかった・・・

教授は、ふたつ返事でオレがこの病院に戻ることを歓迎してくれた。
その後、長くなりそうな教授の話を適当にかわして、教授室をあとにしたオレは、まっすぐに
琴子が勤務する病棟に向かった。

やっと、その時がきたことに、いやが上にも気持ちは高まった。

―やっと、会える・・・

ナースステーションを覗いてみたが、琴子の姿は見当たらなかった。
忙しそうにしているナース達に、琴子の居所を聞くのもはばかられ、オレはゆっくりと歩きな
がら、ひとつひとつの病室を覗いて行った。

そんな時だった・・・オレのポケットの中で、携帯電話が一瞬振動して、すぐに止まった。
着信履歴を見ると、それは琴子からの電話だった。
不思議に思いながら、次の部屋を覗こうとした時に、その声は聞こえてきた。

「入江さん、ガーゼ!」

それは、琴子を呼ぶ医師の声だと思えた。
そっと部屋を覗くと、医師と、何人かの患者と一緒に、白衣を着た琴子の後姿が見える。

声を掛けたら最後、そこがどこだろうと抱きつかれるのは必至だから、衆人監視の中での再
会は避けられそうにない・・・
それでも、やっぱりすぐにでも顔が見たかった。


オレを見つけて、驚く顔を・・・
そして、帰ってきたことを告げたときの、幸せに輝く笑顔を・・・

オレは、ドアの陰に寄りかかって、緩んだ顔を元に戻すと、覚悟を決めて一気に部屋へと入
っていった。

もう、二度と離れはしないと心に誓いながら・・・



                                         END


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