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 生日快楽−Happy Birthday− <2>

「これでよし!」
オレは、夕陽の差し込むオフィスを、ぐるりと見回し、満足して頷いた。
院長からの呼び出しを受けて、研修医を卒業したことを告げられたのは、今朝のこと・・・

医局からオレのために用意されたオフィスへの引越しは、勤務中の休憩時間を利用して、あっ
という間に終った。
引き出しに入っているものを、適当な箱に詰め込んで、医局とは目と鼻の先にあるこのオフィ
スに運ぶだけだ・・・面倒なことは何もない。

ただ、その最中に琴子が顔を出しはしなかと、それだけが気がかりだったが、それも危惧に終
った。
とりあえず、仕事に支障をきたさないように片付け、パソコンのセッティングを済ますと、オレは
次にすべきことに思いを巡らせた。

―やっぱり、次は”あれ”だよな・・・

オレは、ソファに腰掛けると、その座り心地に満足しながら、携帯電話を取り出してオヤジに電
話をかけた。
「あっ、オヤジ?・・・オレだけど・・・まだ会社にいる?」

「ああ、まだ会社だ・・・どうした?直樹が私に電話してくるなんて珍しいな、何かあったか?」
オヤジが驚いた声で答える。

「うん、実はずっと預けてあった物を、これから取りに行きたいんだ・・・随分長く預けたままだっ
たけど、やっと落ち着き先が決まってね・・・」
オレは、少し照れながら言った。

「えっ?・・・ああ、倉庫の隅でホコリをかぶってるあの大きな箱か?・・・今もちゃんとあるよ・・・
わかった、待ってるから来なさい」
オヤジがそう言って、電話を切ろうとするのを、オレはあわてて止めた。

「お、オヤジ・・・このことは琴子やオフクロには・・・」
そう言ったオレの言葉を遮るように、オヤジの「内緒なんだろ?わかってるよ」という言葉が返っ
てきて、オヤジの笑い声と共に、電話が切れた。
オレは、手の中にある携帯電話をみつめて苦笑すると、すぐに白衣を脱いだ。
そして、「もう一度戻ってくる」と看護師に声をかけて、病院を出た。

夕暮れ迫る街の雑踏をすり抜けながら、パンダイの本社へ向かう。
倒れたオヤジの代わりに社長の真似事をしたのは、いつのことだったか・・・
一度は、医学の道をあきらめて、そのまま社長業を続けようと決心したこともあった。
あの頃のことを思い出すと、微かに胸に痛みを感じる・・・それは、素直になれなかった心が、
それと気付かずに自分を追い詰めて、さらに回りを傷つけたことへの痛み・・・

オレは、パンダイの本社ビルに入ると、真っ直ぐに社長室へ向かった。

「おっ、早かったじゃないか・・・」
社長室に入ると、オヤジが笑顔で迎えてくれた。

「すぐに病院に戻らないといけないんだ。倉庫の鍵もらっていい?」
オレは、挨拶もそこそこに本題を口にした。
オヤジは、含み笑いをしながら立ち上がると、オレに倉庫の鍵を見せながら先に立って社長室
を出た。

そこは、パンダイが開発したおもちゃやゲームのサンプルが保管してある倉庫。
この倉庫の隅の棚の奥に、”それ”はある・・・
もう、何年になるのか・・・4年?・・・5年?・・・
オレは、目指す棚の奥に手を突っ込んで、”それ”を引っ張り出した。
ホコリがたまって白茶けた包装紙を破って中を確かめる・・・それは、琴子が、あの頃
一人暮らしをしていたオレのマンションの前に置き去りにしたオレへの誕生日プレゼント・・・
琴子の想いの詰まった、甘い香りも漂ってきそうなケーキショップのジオラマだった。

―やっと、日の目を見る時がきたな・・・

オレは、思わずほころぶ顔を、オヤジがじっと見ていることも気にせず、”それ”を手で撫でた。

「直樹?・・・それは琴子ちゃんからのプレゼントなんだろ?」
オヤジが背後から覗き込むように”それ”を指差しながら聞いた。

「知ってたの?」
オレは、少し驚いて聞き返した。

「パパとママは、琴子ちゃんがそれを一生懸命作っているところを、見たことがあるからな・・・
作りながら眠っちゃっている琴子ちゃんに、ママが毛布を掛けてあげたことがあるんだ」
オヤジは、遠い目をして昔を懐かしむように言った。

「そうか・・・最初から知ってたのか・・・」
オレは、小さな吐息をもらすと、オヤジの顔を見た。

「だから、お前がこれをここに預かってくれてって持って来た時、パパもママもお前はやっぱり
琴子ちゃんが好きなんだって思ったんだよ・・・まあ、そのあともいろいろあったけどな・・・」

「ああ、本当にいろいろなことがあったよな・・・」

あの日・・・偶然にも自分の誕生日に実家に戻ったオレは、それと知らずに琴子がマンション
の前にオレへのプレゼントを置き去りにしてきたということを、その夜になって聞かされた。
翌朝、オレの帰宅を喜ぶ琴子をなんとかかわしてマンションに先回りしたオレは、玄関の前に
置かれていたこのジオラマの大きさに驚いた。
しかし、迷っている暇はなかった・・・きっと、同じようにプレゼントを取りにやってくる琴子との
鉢合わせだけは絶対に避けなければならなかったから・・・

オレは、その日の内に管理会社に返すことになっていたマンションの鍵を、まだ持っているこ
とに気がつくと、すぐに玄関を開けて、そのプレゼントを部屋の中に押し込んで、一旦マンショ
ンを離れた。

あのプレゼントを、家に持って帰るわけには行かないと考えたオレは、その前の夏休みにオヤ
ジの会社を手伝った時に何度か入った事のある、おもちゃの倉庫を思い出した。
そしてオレは、ほとんど迷うことなくその倉庫に、そのプレゼントを隠すことを決めていた。

あの時、オヤジが何も聞かずにあの大きな箱を倉庫に置くことを許してくれたのは、それがどう
いう意味の物なのかを知っていたからだったのかと、今さらながらに気付かされた。

そして、いつかあれを受け取っていたことを、琴子に知らせてやろうと思いながら、こんなにも月
日は流れてしまった。


「それで?・・・この可愛いプレゼントの落ち着き先ってのはどこなんだい?」
オヤジが、微笑みを浮かべながらオレに聞く。

「オレも、病院に自分のオフィスを持てる身分になれたんだ・・・だからそこに飾ってやろうかと思
って・・・」
オレは、なぜか胸が熱くなるのを感じながら、オヤジに答えた。

「そうか・・・それはよかったな。琴子ちゃんもきっと喜ぶぞ、お前に気持ちが伝わっていたことが
わかるんだからな。」

「ああ、そうだね。」
オレは、オヤジに答えながら、ふとあの頃の自分を振り返った。

本当はずっと・・・これを受け取るもっと前から琴子が好きだった・・・今ならそう思える。

―これで、やっとあの頃の琴子の想いにも答えてやれる・・・

「さあ、これを運ぶんだろ?・・・私は、このままもう帰るから、病院まで車で送ってやるよ」
オヤジが、笑顔でオレを促す。

そう・・・オヤジもオフクロもみんなが、オレと琴子の幸せを喜んでくれている。
そして、何よりもオレ自身が、とても素直に琴子を愛し、愛されていることを喜んでいる。
だからこそ、このジオラマも、今こうして再びオレの目の前に現れた。

琴子は、これを見て気付くだろうか。
これこそが、本当はあの頃からオレも琴子のことが好きだったという動かぬ証拠だということに・・・

―オレが、いつから琴子のことが好きだったかなんてこと、あいつには関係ないか・・・

オレは、ふっと込み上げる笑いをこらえて、ジオラマの箱を持ち上げた。
このひとかかえもある箱を、パンダイまで持って行ったときの、気恥ずかしかった思いが蘇り、
オレは苦笑しながらそれをオヤジの車まで運んだ。



病院の前でオヤジの車を降りたオレは、素早くオフィスに戻ると、キャビネットの一番左側の壁
に沿うようにジオラマを置いた。
それは、琴子をこの部屋に初めて連れて来る時に、部屋を見回した琴子が、一番最後にこの存
在に気付くようにと思ってのことだ。



そして、デスクの引き出しを開ければ、そこにはこれまでに琴子がオレにくれたものが並んでいる。
これは、元々医局のデスクに入っていたもの・・・
学生の頃から使っていた古いファイルに挟んで、引き出しの奥に入れてあったもの・・・
もう、こっそりしまっておく必要はない。

T大の入試の日、琴子がオレのリュックに無理やり結びつけた手作りのお守り・・・
誕生日プレゼントに添えられていた手紙・・・
そして・・・琴子からのラブレター。



これが、オレの運命を大きく変えたんだ。
これこそが、オレを琴子へと誘(いざな)い、医学の世界へと導いた本当に最初のきっかけなんだ。

―どれも琴子がくれたオレの宝物・・・

今から、これを見つけたときの琴子の顔を思い浮かべるだけで、自然とワクワクとした気持ちに
なってくる。
そして、そんな琴子を見て、オレはどんな顔をするんだろう・・・


琴子の誕生日まで、あと二日・・・
琴子のプラン通りに付き合ってやった後、オレから琴子へ捧げる演出はこれで出来上がった。

―さて、あとはプレゼントか・・・

それが、一番の難題だと思いながら、オレは腕を組んで考え込んだ。
ここまで来た以上、必ずや琴子の至福の笑顔を堪能させてもらわなくてはならないと、心に
強く思いながら・・・


                                            つづく


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