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 生日快楽−Happy Birthday− <3>

「入江くーん!・・・あれ?いない・・・入江く〜ん!」

琴子がオレを呼ぶ声が聞こえてきて、オレは動きを止めて息を殺した。

「お兄ちゃん!琴子が呼んでるよ・・・どうすんだよ!」
裕樹がクローゼットの入り口から顔だけを覗かせて、小声で言う。

「おい裕樹!オレがここにいるって、琴子に言うなよ!・・・すぐに終るから!」
オレが、同じように小声で答えると同時に、裕樹の部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。

「裕樹く〜ん、ご飯できたよ〜!ねえ、入江君いない?さっきまで部屋にいたと思ったんだけ
ど、見当たらないの・・・」
琴子の声に、わけもなく心臓がドキドキとして、オレは苦笑しながらじっとしていた。

「しらねーよ・・・お前がうるさいから散歩にでも行ったんじゃないのか!」
裕樹が、琴子に答えているのが聞こえる。

「ええ〜それならひと声かけてくれればいいのに〜〜」
不満気な琴子の声が次第に遠のいていくのを聞きながら、オレはほっと胸を撫で下ろした。

「お兄ちゃん?飯だってさ!僕は下に行くよ・・・まったく、琴子は琴子で明日の誕生日のこと
で浮かれてるし、お兄ちゃんは、そうやって意味不明なことしてて・・・夫婦揃ってなんなんだ
よ!!」
裕樹がぼやきながら部屋を出て行く・・・オレはドアの閉まる音が聞こえたのを確かめると、
すぐに作業を再開した。

―このあたりだと思ったんだけどな・・・

オレは、裕樹の部屋のクローゼットに入り込んで、高校時代に使っていた物を入れてあるケ
ースを探していた。
それは、裕樹が高校に入学した時に役に立つかもしれないと、オフクロがまとめてしまいこん
だものだった。
同じようなケースがたくさん並ぶ棚の中から、適当に検討をつけて引っ張り出す。
そして、いくつかの見当違いの末、とうとう目的のケースが見つかった。
蓋を開けて、懐かしい品々が重なり合っているさらにその下へと手を突っ込む・・・

―あった・・・

オレは、それをそっと引き出した・・・

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いよいよ誕生日は明日に迫って、オフィスの準備が出来ても、オレは琴子へのプレゼント
に頭を悩ませていた。

『お兄ちゃんが、琴子ちゃんにプレゼントを贈ったところなんて見たことないわよ』

琴子の誕生日を、琴子と二人で過ごすことを約束させられた日に、オフクロの言った言葉が
なぜかずっと胸に引っかかっていた。
仕事をしていても、ふと気がつくとその言葉が頭に浮かんでいた。

―琴子の欲しいものってなんだ?・・・

思えば、オレは琴子に物をねだられたことはない・・・
琴子が欲しがるのは、手を繋いで街を歩くことや、肩を寄せ合って映画を見ること・・・
優しい愛の言葉や、心を込めたキス・・・そして、花束・・・
そんな、普通の恋人同士があたり前にしているのに、オレ達はしていないことばかり・・・

―この際だから、オレにリボンでも巻いて、プレゼントしてやるか?・・・

ふと、頭に浮かんだアイデアに苦笑しながら、オレは無意識にデスクの引き出しを開ける。

琴子がオレにくれたものをひとつひとつ手にとって眺めていると、自然とそれにまつわる様々
な出来事が脳裏に蘇ってきて、甘酸っぱい感傷が心に広がってくる。

―本当に、素直になれなくて・・・随分とあいつを傷つけたよな・・・

そんなことを考えていると、ふいに、卒業式の後のあのキスの場面が頭に浮かんだ。
今思えば、琴子の気持ちを知りながらのあの仕打ちほど、ひどいものはなかったと思える。

しかし、オレはあの時、初めて自分の心の変化にも気づいていた・・・自分でもどうしても説明
できない感情が、心の中に芽生えていることを・・・
そして、高校の卒業を堺に、オレは素直になれないながらも、琴子のいる生活を受け入れる
ようになっていったんだ・・・

―ん?・・・卒業?・・・

その時、”卒業”という言葉が、オレの脳裏に何かの記憶を呼び覚ました。

『わ、わたし・・・それがすごく欲しいの・・・・ちょうだい!』
それは、唐突に頭の中に聞こえてきた琴子の断片的な声・・・

―あれ?あいつは何を欲しがったんだ?

ほんの一瞬、記憶が混濁する・・・
しかし、すぐにそれもほどけて、オレの脳裏には卒業式の後の光景が広がっていた。

オレを取り囲むたくさんの女達をかき分けて、必死な顔をした琴子の手がオレの胸をめがけ
て伸びてくる。
オレは、あまりの勢いに恐れをなして、その場から逃げ去った。
誰にも、”それ”を渡す気などなかった・・・そうさ、少なくともその時のオレには、そんな気など
さらさらなかったのだから・・・

―そうか!・・・制服の第2ボタンだ・・・

そう気付くと、オレは早々に仕事を片付けて家に帰ると琴子の様子を伺いながら、裕樹の
部屋へ入り込んだ。
そして今、オレが手にしているもの・・・それは、高校の制服。
オレは、まず何よりも先に、第2ボタンがちゃんと付いているかどうかを確認した。

―これが唯一、琴子が欲しがった物・・・

オレは、ボタンを指でなぞりながら、今さらながらにこれを取っておいてよかったと胸を撫で下
ろした。
このケースの中に、高校の制服が入っていることは、オフクロも知らないこと・・・なぜなら、こ
れはオレが後からこっそりこの中へしまいこんだものだったのだから・・・
あの頃のオレにしてみれば、たとえどんな些細なことでも、オフクロや琴子の思うままになる
ことが嫌だった。
だから、卒業した後になってからでも、このボタンを琴子にも誰にも渡さないために、オレはオ
フクロの目を盗んでケースの奥底に制服をしまいこんだんだ。
オレにとっては、意味のないものでも、相手にとって深い思いのあるものなら、やはりそれは
簡単に渡すわけにはいかなかったから・・・

それでも、この制服を捨ててしまわなかったのは、やはり何か心にかかるものがあったからな
のかもしれない。

―随分と遅くなったけど、やっと渡せるな・・・

オレは、用意していたはさみで糸を切って、ボタンを制服から外すと、ケースを元通りにしまって
裕樹の部屋を出て、階段を降りていった。

―そうだ・・・このボタンを指輪につけて、あいつの指にはめてやろう・・・

今度ばかりは、決して茶化したりすることなく、琴子の誕生日を祝ってやろうと、何度も自分に
言い聞かせた。

この数日の間に、懐かしいものをたくさん見たからだろうか・・・
あの頃の素直になれなかったオレが、今の琴子に本当の想いを伝えたがっているような気が
していた。

「あ〜入江君、やっぱり2階にいたの〜?探したけど見つからなかったんだけどな〜!」
すでに食卓についていた琴子が、不思議そうな顔でオレを見る。

「明日のことで浮かれすぎてて、気付かなかっただけだろ・・・」
オレは、いつものごとく素っ気なく答える。

「え〜そんなことないと思うけど・・・で、でも、いよいよ明日だね〜!ちゃんと船津君に夜勤
を代わってもらって、夕方には病院を出てね・・・私は明日はお休みだから、先に行って待っ
てるからね・・・」

「わかってるよ・・・もう何回同じこと聞かされてると思ってるんだ・・・」
オレは、仏頂面を決め込んで、ダイニングテーブルに付くと、もくもくと食事を始めた。

ふと、ポケットの上を手で触れると、小さな第2ボタンが確かに中に入っている感触があり、明
日への期待を高まらせる。

すると、オレはニヤついていたのか、琴子が、不審げにオレの顔を覗き込んでいるのを、半ば
無視するように、反対側に顔を向けた。


本当は、明日を待ち遠しく思っているオレの心を、琴子に見透かされそうな気がして、思わず
苦笑いを浮かべながら・・・


                                        つづく


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