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 いつでもそばに・・・最終回のその後の物語

<まえがき>
このお話は、最終回のその後を想像して書いた物語です。
キューブのオリジナルキャラクター「一条先生」も登場します。
「こんなこともあったかもしれない…」と思っていただけたら幸いです・・・


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「ちょっと、ちょっとすごい情報よ〜!」
幹ちゃんの甲高い声が響いて、ナースステーションにいるナース達が、一斉に注目した。

「今ね、山田さんの手術に途中まで立ち会ってたナースに聞いたんだけど、どうやら今日
の手術、西垣先生を差し置いて、入江先生が執刀してるみたいよ・・・あら、琴子いたの?
すごいじゃない〜直樹さん!」
幹ちゃんは、私に向かってVサインを出しながら顔を高潮させている。

「へえ〜そんなにすごい手術なの?」
私は、わけがわからず思わず聞き返した・・・すると、それまで幹ちゃんに向けられていた
顔が、全て私の方に向けられ、その顔は一様に驚いた表情を浮かべていた。

「えっ?なになに?・・・・私、何か変なこと言った?」
戸惑う私に、今度はみんなが慌てて目を逸らすと、こそこそと何か言い合い始めた。

<ねえ、琴子はあのこと知らないんじゃない?>
<入江先生、言ってないのね・・・>
<身重の妻に心配かけさせないようにしてるのよ・・・>
<西垣先生、相当怒ってたもんね・・・>

まるでクモの子を散らすように、私の前から去っていくナース達から微かに聞こえてきた
言葉・・・入江君が、私に隠し事をしてるの?
その隠し事と、今日の手術になんの関係があるの?

私は、いつの間にかひとり取り残されたナースステーションに、呆然と立ち尽くしていた。

そんな時だった・・・
「あら、琴子さん、こんにちは・・・赤ちゃんの方は順調?まだ、お勤めがんばってるんだ?」
それは、臨床心理士の一条先生の声。

「一条先生、こんにちは・・・もうすぐ5ヶ月になります。夜勤からは外してもらって、パート
で働いてます。どうせ、役に立たないけど、もうちょっとお腹が目立つまではがんばろうか
なって思ってるんです」
私は、そんなことを話しながら、入江君のことが気になって仕方がなかった。

「そう・・・がんばってね。うふふ、それにしてもあの入江先生がパパっていうのもあんまり
想像がつかないけど、あなたがママっていのもね・・・」
一条先生は、口を押さえて含み笑いをしながら言った。

「もう・・・一条先生まで、そんなこというんですか?・・・みんなにも同じこと言われてますよ
もう慣れましたけどね・・・」
私は、一条先生を横目で睨みながら、思わず吹き出していた。

「あら、これは失礼なこといっちゃったわね・・・それにしても、このナースステーションはど
うしたの?誰もいないなんて・・・」
一条先生は、カルテを手にしてナースステーションの中を覗いている・・・その時、私はふと
一条先生なら何か知っているかもしれないと思いたずねてみた。

「あの・・・一条先生?最近、入江君に何か変わったことありましたか?」
「えっ?変わったことって?」

私は、つい今しがたのナースステーションでの出来事を、一条先生に話して聞かせた。
すると、一条先生もさっきのナース達と同じように驚いた顔をして、私をまじまじと見つめて
いる。

「先生、お願い・・・何か知ってるなら教えてください!」
私の懇願する声に、一条先生はしばらく考え込んだ後、「いらっしゃい」と言って、私をカウ
ンセリングルームへと誘ってくれた。

何度か入ったことのあるカウンセリングルームは、全体がやわらかな色調で統一されてい
て、消毒薬の匂いと冷んやりした空気の漂う病院の中にあって、そこだけはまるで家のリビ
ングのように、温かで気の休まる場所のように思えた。

一条先生は、私を長いソファに座らせると、自分はテーブルを挟んだ反対側に座って、まず
は私に微笑んで見せた。

「何から話そっか?・・・」
一条先生は、そうつぶやくとしばらく考えてから、優しい声で話し始めた。

「あれは、あなたの妊娠がわかった直後の頃だったと思うわ・・・入江先生に、海外研修の話
が持ち上がったの・・・」
一条先生は、私から少し視線を逸らして、遠くをみつめるようにして言った。

「えっ?・・・海外?」
私は、思っても見なかったことに驚いていた。

「そう・・・アメリカで、入江先生の書いた論文が認められてね、シカゴにある大学から3ヶ月
間の研修に参加するよう誘いが来たのよ」
一条先生は、ゆっくりとした口調で淡々と話しを続けた。

「シカゴって・・・でも、入江君そんなこと一言も・・・」
私の驚きは、いつのまにか戸惑いに変わっていた。

「そうね、あなたには言っていないみたいね・・・でも、言う必要もないと思ったんじゃない?」
一条先生は、私の顔を見ながらそう言って首をかしげた。

「どうして?」
私は、一条先生の言っている意味がわからず思わず聞き返した。

「だって、彼はその誘いを断わったんですもの・・・」

入江君は、来月が出発予定の、その研修をいとも簡単に断わったと一条先生は言った。
院長や教授が、どんなに説得しても一切耳を貸さずに、断固として拒否し続け、アメリカの
最先端の医療を学べる絶好のチャンスを逃したと、院長たちの落胆は大きかったらしい・・・

―私のため?・・・

ふとそんな思いが心をよぎる。

「はっきりとした理由は言わなかったらしいわよ・・・ただ、無理にでも行かせようとした教授
に向かって、それなら、この病院を辞めるとまで言ったらしくて、渋々院長達もあきらめたっ
て聞いたわ・・・今、入江先生に辞められたら、この病院もかなり困るってことよね・・・」

一条先生は、私の顔を覗き込んで、やわらかな微笑みを浮かべながら小さく頷いて見せた。

「じゃあ、そのことと、今日の手術とは何の関係があるんですか・・・」
私は、声が震えてくるのを何とか堪えながら、もうひとつの疑問を口にした。

「それはね・・・入江先生って、患者さんにはとても優しいけど、同僚や先輩医師たちには、
あまり心を開かないタイプでしょ?・・・だから、今回の海外研修を理由もなく断わったこと
で、あれこれ噂が蔓延して、みんなの反感を買うような状態になっちゃってるみたいなの
ナース達はみんな入江先生の味方みたいだけどね・・・」

そして、今回の手術の執刀医を決める時に、西垣医師が言った不用意な言葉から入江君
が初めての難しい手術をすることになったと一条先生は言った。

「西垣先生、どんなことを入江君に言ったんですか?」
私は、ドキドキしながら聞いた。

”せっかくのアメリカ行きを断わる程の実力の持ち主なんだから、これくらいの手術は軽
いもんだよな・・・入江?”

「それで、出きるって入江君は言ったってことですか?」
私の心臓は、爆発寸前だった・・・そんな挑発に乗るなんて、これは入江君の悪い癖だ・・・

「でもね、いくらなんでもそんな売り言葉に買い言葉みたいな話で、執刀医が決まるはず
はないのよ・・・人の命がかかってるんだから・・・つまり、それでも西垣先生は、自分が執
刀するつもりだったのに、結局上層部は入江先生にやらせることに決めたってことが、問
題なの・・・西垣先生のプライドの問題よね。だって、ついこの前までは入江先生の指導医
だった人なんだから・・・」

もちろん患者の命を救うことが一番の使命ではあることに変わりはない。
しかし、入江君にとってこの難しい手術を成功させることは、理由もなくアメリカ行きを断わ
ったことで、あれこれと言っていた者たちに、これ以上何も言わせないという意味も込めら
れていると、一条先生は言った。

そんな大切なことを、どうして入江君は話してくれなかったのか・・・
私は、涙が出そうになるのを、必死に堪えながら一条先生の話を聞いていた。
入江君が、海外研修を断わった理由・・・それはきっと私。
入江君は、私を置いて3ヶ月もの間アメリカへ行くことは出来ないと思ったに違いない。
ほんの少し離れただけでも、寂しくて大騒ぎをする私に加えて、お腹に赤ちゃんもいるの
だから・・・

―また私が、入江君の足を引っ張った?・・・

どんなに考えまいとしても、それは澄んだ水に一点の絵の具をたらしたように、波紋をつく
りながらジワジワと私の心を染めていく思い・・・

そんな私の心を見透かすように、一条先生は言った。
「ねえ、琴子さん?・・・あなた、自分がどれ程入江先生に愛されているか知ってるの?・・・
もっと自信を持って!」

「えっ?・・・」
私は、一条先生のあまりに意外な言葉に、驚いて顔を上げた。

そして一条先生が、「ねっ!」とひとこと言って、温かな微笑みで私を見つめた時、先生の
デスクの電話が鳴った。

「はい、一条です・・・あら、桔梗君、どうしたの?・・・えっ?琴子さん?いるけど・・・ええ、
わかったわ、かわるわね」
一条先生は、私に向かって受話器を差し出した。
「はい、あなたに入江先生から電話が入ってるそうよ」

「えっ?入江君から?・・・」
私は、驚いて立ち上がると、デスクの前まで行って、受話器を受け取った。
「もしもし、入江君?・・・」

「琴子?・・・オフィスにいる。すぐ来て・・・」
入江君が、こんな風に私を呼ぶことはめずらしい・・・私は胸がざわつくのを感じて「わかっ
た」と言ってすぐに電話を切ろうとした。
すると、耳から離れた受話器から「琴子!」と呼んでいる入江君の声が聞こえてきて、私は
もう一度受話器を耳にあてた。
「何?・・・」

「おい、ゆっくり歩いて来いよ・・・絶対に走るな・・・」

私は、入江君のその必死な言い方が可笑しくて、思わず笑いながら「わかってるよ」と答えて
から、今度こそ本当に受話器を電話に戻した。

「一条先生、いろいろ話してくださってありがとうございました・・・入江君が呼んでるから行
きますね・・・」
私は、一条先生に頭をさげた。

「そう・・・手術が終ったのね・・・とても難しい手術だったらしいわよ・・・十分に労ってあげてね」
一条先生は、とても穏やかな口調でそう言った。

そして、私がカウンセリングルームのドアを開けて、部屋を出ようとしたときに、ふいに一条先
生が私を呼び止めた。
「そう、思い出したわ・・・アメリカ行きを断わった時、その理由を聞かれた入江先生は、ひとこ
とだけこう言ったそうよ」

”オレには、誰にもまかせられない役目があるんです”

私は、入江君が言ったとおり、はやる気持ちを抑えながらオフィスへの廊下を歩いていた。
入江君が、誰にもまかせられないと言った役目ってなんだろう?・・・
やっぱり私のことだろうか・・・

いずれにせよ、入江君がせっかくの海外研修を、私のために断わったことは間違いない・・・
私は、重い心を抱えたまま、入江君のオフィスのドアを開けた。
中に入ると、正面に置かれたソファに体を横たえた入江君の足が見えて、私は思わず駆け
寄った。
「入江君、大丈夫?」

うとうとしていたらしい入江君は、薄っすらと目を開けると私を見て、とても優しい顔をして微
笑んだ。そして、私の腕を掴んでソファに座らせると、膝の上に頭を乗せて寝転がった。

―入江君が、ひざまくら?・・・

私は、入江君の意外な行動に、ちょっと面食らいながらも、なんだかとても幸せな気持ちに
なっていた。

「手術、上手くいったの?」
私は、入江君の髪を撫でながら聞いた。

「ああ、大成功さ・・・でも、ほっとしたらなんだか急にお前の顔が見たくなって・・・」
入江君は、私の手を握りながら言った。
全力で仕事をして、疲れきった時に、何よりも私を求めてくれることが嬉しかった。
”あなた、自分がどれ程入江先生に愛されているか知ってるの?”

ふいに一条先生に言われた言葉が、頭に蘇った。
そう、入江君はその人生の中で、一番大切なことは私を愛していることだと言ってくれた。
でも、だからこそ私が入江君の邪魔をしてはいないかがとても気にかかってしまう・・・
本当は、入江君はアメリカに行きたかったんじゃないかと・・・

「おい、そんな顔して・・・一条先生のところにいたみたいだけど、あの人から何を聞いた?」
入江君は、黙り込んでしまった私を膝の上から仰向けに見上げながら言った。

「どうして、教えてくれなかったの?私何にも知らなくて・・・入江君、本当はアメリカに・・・」

すると、ふいに入江君が私の額に人差し指を押し当てて、私の言葉を遮った。
「お前が、この中でそういうことを考えるだろうと思ったからだよ・・・」

入江君は、私の額に当てた手をそのまま頭の後ろに回して引き寄せると、短いキスをひと
つした。そして、軽く目を閉じて口元に笑みを浮かべながら話し始めた。

「今のオレには、お前を犠牲にしてまでしたいことなんてない・・・勉強なんて、その気にな
ればどこでだって出きるんだ、わざわざアメリカまで行く必要なんてないよ・・・そうだろ?」
入江君は、そう言うと体を起こして、隣に座りなおすと、私を抱き寄せた。

「それに・・・」
入江君は、そう言うと私の顔を覗き込んでニヤリと笑った。

「ん?・・・」

「夜中に、お前のために電気をつける役目は、オレだけのものだからな・・・」

私は、その言葉に目を丸くして入江君を見た。
「ねえ、それが誰にもまかせられない役目なの?・・・」

「なんだよ、悪いかよ・・・」
入江君は、私の反応に不服そうな顔を向けた。

―ううん、ううん・・・そんなことない・・・

医学の未来のためにアメリカへ行って勉強することよりも、今の入江君にとっては私のため
に夜中に電気をつけてくれることの方が重要なことなんだと思ったら、なんだか嬉しくて幸せ
で、私は思わず入江君に抱きついていた。

「なんだよ急に・・・」

入江君は、そういいながらも、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
入江君の言葉のひとつひとつが、胸に沁みて私は涙が出そうになった。

そして、どうしてだろう?・・・今この瞬間に、私は一条先生の言葉を実感していた。
私は、とてもとても入江君に愛されている・・・心からそう実感していた。


そして、私は気付いていた。
入江君は、私を安心させるために、ちゃんと全てを言葉にしてくれるということを・・・
だから、入江君があえて私に言わなかったことを、あれこれ詮索する必要はないんだという
ことも・・・

本当に、心から信じられる。
きっと、入江君は何があっても私のそばにいてくれる・・・そう、絶対に・・・


                                          END


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