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 僕の光 −愛された軌跡・外伝−

<まえがき>
このお話は、裕樹主観の「愛された軌跡」の隙間の物語です。
「愛された軌跡 −3−」のお話がベースとなっています。


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『今朝、入江君より先に目が覚めてね、まだ寝てる入江君に熱〜いラブレター書いて枕もとに
置いておいたの・・・それが効いたのかなぁ〜珍しく入江君の方から誘ってくれたんだよ〜ホン
トだよ!』
少しムキになりながら言った琴子の屈託のない顔が浮かぶ。
そんな琴子を、僕はいきなり怒鳴りつけた。
『お前、何考えてんだ!・・・そんなことして、お兄ちゃんの気持ち考えたことがあるのかよ!』
琴子が失踪したあの朝の光景が脳裡に浮かんで、僕はこみ上げてくる怒りを抑えることがで
きなかった・・・


「裕樹君?・・・ねえ、裕樹君!」

―えっ?・・・

不意に好美の声が耳に飛び込んできて僕は顔をあげた。

「裕樹君、今日はどうしたの?・・・何だかすごい考え込んじゃってるみたいだけど何かあった?」
好美が、僕の顔を覗き込みながら心配そうに尋ねる。

ここは好美の通う女子高にほど近い場所にあるファストフード店。
僕は、学校が終わってすぐに好美にメールをして、この店で待ち合わせをした。
無性に好美に会いたいと思った・・・だから弾むような足取りで店に現れた好美を見てとても
癒された気がしたのに、好美が食べ物を買ってくるのを待っている間に、僕はまた考え込んで
しまっていたらしい・・・
僕は少しバツが悪くなって、好美から視線をはずすと、コーラを一口飲んで顔をしかめた。
口に含んだコーラは、すでに氷が溶けてひどく薄まった味になっていた。

「なんでもっと早くに声かけなかったんだよ・・・」
僕は、コーラの味に随分と長い時間考え込んでいたことに気がついて好美に言った。

「うーん・・・でも、裕樹君が学校の帰りにこんなところに私を呼び出すなんて、絶対に何かあ
ったからでしょう?・・・だから、裕樹君から話してくれるまで待ってようって思ったの。でも、ほ
らせっかく買ったハンバーガーもポテトも冷めちゃうからね・・・」
好美は、僕の前の手つかずのハンバーガーを指さしながらそう言うと、自分はポテトを一本つ
まんで口に運びながら「美味しいよ」と言って笑顔を見せた。

僕は、好美の笑顔にふっと笑うと、冷めたハンバーガーを一気に食べた。
その間、好美は僕の勢いに目を丸くしながらも何も言わずにただ僕を見つめていた。
そして、胸に詰まったハンバーガーを流し込むように薄まったコーラを飲み干すと、僕はやっ
と重い口を開いた。
「今日、学校にお兄ちゃんと琴子がいたんだ・・・」

「えっ?・・・どうして?」
好美が、驚いた顔をして聞く。

「どうしてなのか、僕にもよくわからない・・・でもすごく仲良さそうにして2人で学校の橋の上に
いたんだよ」
僕は、好美に話しながら最初に2人をあの橋の上で見つけた時の様子を思い出していた。

橋の柵に寄りかかるようにして立っていたお兄ちゃんと琴子。
お兄ちゃんの手はとても自然に琴子の肩を抱いていて、お腹の大きな琴子はとても幸せそう
な顔をしていた。

「なんだか懐かしいな・・・私も裕樹君とあの橋の上で待ち合わせとかしたかったな・・・」
好美が少し的外れなことを言って、僕は思わず苦笑いを浮かべた。しかし次の瞬間、再び琴
子の言った言葉が頭に浮かんだ。

<まだ寝てる入江君に熱〜いラブレター書いて枕もとに置いておいたの・・・ >

「お兄さんと琴子さんデートだったのかな・・・ホント、あの2人は私の憧れのカップルだから」
好美は胸に手を当てながら言うと、羨ましげに小さなため息をついた。
しかし、そんな好美の言葉に促されるように、僕はつぶやいた。
「そんな琴子を僕は怒鳴りつけたんだ・・・」

「えっ?・・・裕樹君、今何て言ったの?」
好美が、驚きの声を上げ僕の顔を覗き込んだ。
僕はおもむろに顔を上げ、好美の目をまっすぐに見つめた・・・すると好美は一瞬大きく目を
見開いたあととても穏やかな笑顔で僕を見つめ返した。
僕は、なんだかその笑顔が少し眩しく感じられて、ほんの少しだけ好美から目をそらすと、今
日の出来事を話して聞かせた。
好美は、僕が話している間ただじっと僕の話に耳を傾けていた。

「・・・僕はお兄ちゃんの目の前で琴子を怒鳴りつけたんだ。お兄ちゃんは僕を止めようとした
のに僕は自分の感情を抑えることができなかった。琴子が家出した朝のお兄ちゃんの姿が
忘れられないんだ。あのいつでも冷静なお兄ちゃんがあんなに必死な顔をして琴子を探して
いた・・・それなのに琴子の奴・・・」
僕は一気に話すと、ひとつ大きく息を吐き出した。

そうさ・・・あの日僕は見たんだ。
1日中琴子を探し回って帰ってきたお兄ちゃんが、憔悴しきった顔をして自分の部屋に入って
いく姿を。そして、なんとなく心配で夜中にお兄ちゃんの様子を見に行くと、お兄ちゃんは携帯
電話を握りしめたまま机に伏して眠っていた。
そして翌朝、僕が起きた時には、お兄ちゃんはもう出かけた後だった。

「でも、僕にはよくわからないんだ・・・」
僕は、少し自嘲気味な笑顔を好美に向けて言った。

「何がわからないの・・・?」
それまで、何も口を挟まずに僕の話を聞いていた好美が聞き返した。

「何にこんなに腹が立ってるのかが・・・」
僕は知らず知らずに握りしめていた自分の拳を見つめながら答えた。すると好美は、思いも
かけずクスリと笑うと、なんとも情けない顔をして言った。
「ふーん・・・でも、裕樹君が考えてもわからないことが私にわかるわけないよ・・・」

「えっ?・・・」
僕は、一瞬呆けたように好美の顔をまじまじと見つめた後、唐突におかしさが込み上げて来て
声をあげて笑った。
考えようによってはあまりにも好美らしく、どこかそれは琴子にも似ているような気がした。

「えっ?・・・ええ?・・・ねえ、どうして笑うの?私何かおかしいこと言った?ねえ、裕樹君!!」
好美が、席から腰を浮かして笑う僕の肩を叩く。

僕は、ひとしきり笑った後、仏頂面で僕を見ている好美に言った。
「お前と話していると、悩んでるのがバカらしくなる・・・」

「それって、私に話しても意味がないってこと?」
好美がさらに口を尖らせて答える。

―違う。違うよ・・・好美。

僕がニヤつきながら何も答えずにいると、不意に真顔に戻った好美が言った。
「ねえ裕樹君?私思うの・・・琴子さんとお兄さんの間には、すごく強い絆があるなって。私だっ
て恋をしてるからそれくらいはわかるよ。お兄さんは本当に心から琴子さんを愛してるんだなっ
て・・・琴子さんがお兄さんを好きなのは誰もがよくわかるけど、時々琴子さんからのろけ話を聞
かされたりして思うの・・・お兄さんは、琴子さんの望むことなら何でも叶えてあげてるんだなっ
てね・・・」

僕は、好美の話を聞きながら、急に好美が大人びたような気がしていた。
好美は僕のそんな思いには気づくはずもなく微かに口元に笑みを浮かべながら話を続けた。
「だからね、こんなこと言ったら生意気かもしれないけど、きっと琴子さんがお兄さんを必要とし
ている以上にお兄さんが琴子さんを必要としてるんだろうなって思うの・・・きっとすごく愛してる
んだよね」

そして、好美はその後、まるで蚊の鳴くような小さな声で付け加えた。
「私も・・・私も裕樹君にとってそんな存在になりたいな・・・」

僕はその時、無意識の内にテーブルの上に置かれた好美の手を握っていた。
好美が顔を赤らめて上目づかいに僕を見る・・・しかし、その瞬間僕は我に返って弾かれたよう
に好美の手を握っていた手を引っ込めていた。

「へ、変なこと言ってごめん・・・」
好美が慌てたように謝る。

「あ、謝るなよ・・・ちゃんとわかってるから」
僕にはそれが精一杯の答えだった。

僕にとって好美は、もう十分にお兄ちゃんにとっての琴子のような存在なんだと認めざるを得
ない・・・
そして僕は気づいていた・・・学校から好美にメールをしてこの店に来たときのモヤモヤした想
いは、もうどこかへ吹き飛んでしまっていることに・・・

僕と好美は、それからしばらく他愛のない話をして別れた。
お兄ちゃんと琴子は、もう家に帰っているだろうか・・・僕は早く家に帰って2人に謝らなくてはと
思っていた。

あの時僕の中に込み上げた怒りは、琴子が失踪した日に受けたショックを僕自身が消化しき
れていなかっただけのこと。
思えば、あの時一番つらかったのは誰よりも琴子自身なのだから・・・
琴子があの時の絶望を乗り越えて今あんなに幸せそうにお兄ちゃんに寄り添っていることを、
喜びこそすれ怒鳴りつける権利など僕にはないはずなのに・・・

<きっと琴子さんがお兄さんを必要としている以上に、お兄さんが琴子さんを必要としてるんだ
ろうなって思うの>

好美の言った言葉が、その時の穏やかな表情と共に浮かび上がる・・・

無神経とも思える琴子の行動に無性に腹が立った。
きっとお兄ちゃんはベッドの脇にメモを見つけた瞬間に、あの日のことを思い出したはずだ。
僕でさえ、琴子の話を聞いて真っ先にあの日のことを思い出したのだから・・・
腹が立って怒鳴りつけて、そんな自分にもっと腹が立って好美にメールをした。
好美に会うまでずっとモヤモヤした気持ちをなだめられずにいた。
それなのに、そんな僕の心を好美はたった一言で鎮めたんだ・・・

<きっとすごく愛してるんだよね・・・>

そうさ、お兄ちゃんがどれ程琴子を愛しているかを一番よく知っているのは僕なのに、僕自身も
あの時心から琴子の安否を心配していたことを忘れてはいない・・・

―すべては愛しているから・・・ってことか。

僕は、柄にもなく”愛”などについて深く考えたせいか、少し毒毛に当たったような気持で家に帰
りついた。
家の中に「ただいま」とだけ声をかけて、階段をあがる。
キッチンから「おかえり」と答える母さんの声と一緒に賑やかな笑い声が聞こえてきた。
どうやら、もうすでに帰ってきている琴子が母さんと夕食の支度をしているらしい・・・
「裕樹君!じきにご飯だからすぐに降りて来てね〜」
まるで何もなかったような琴子の声が追いかけてくる。
僕は階段の上から「わかったよ」と答えて自分の部屋に入った。

カバンを机の上に投げ出し、ベッドの端に腰かけるとしばらく茫然と天井を見上げていた。
すると、部屋のドアがノックされてドアの向こうからお兄ちゃんの声が聞こえた。
「裕樹、ちょっといいか?・・・」

僕は立って行ってドアを開けた。
お兄ちゃんは僕の肩をポンとひとつたたいて部屋の中に入って来るとそのまま真っ直ぐ窓際に
行って外を眺めながら話し始めた。
「裕樹、今日は悪かったな・・・」

「謝らなきゃならないのは、僕の方だよ・・・あんな風に琴子を怒鳴りつけたりしてごめん」
僕はお兄ちゃんの背中に向って言った。

「いいんだ・・・ただ、オレ達はあの日のことをオレ達だけで消化して、お前やオフクロ達にも心配
を掛けたことを今までちゃんと謝ってなかったって今日あらためて思ったよ・・・」
お兄ちゃんは頭だけをこちらに向けて僕を見て微笑んだ。

「僕は、お兄ちゃんが平気ならそれでいいんだ・・・ただ、あの時のことはきっとお兄ちゃんにとっ
ては辛い思い出なんじゃないかなって思ったからつい言い過ぎちゃったんだ」
僕は今日の自分を思い出しながら少し言い訳のように言った。
すると、お兄ちゃんはフッと笑いながら「もっと早くこういう話をする機会があったらよかったな」と
つぶやいて、もう一度窓の方を向いて僕に背中を向けた。

「なあ裕樹、お前だから正直に話すけど、オレはあの事があって初めてちゃんと琴子に気持ちを
伝えられたんだ・・・」
お兄ちゃんは低い声で、静かに話し始めた。

「えっ?・・・」
あの琴子の失踪の時でさえ、お兄ちゃんと琴子が結婚して何年たっていたのか・・・
それなのに、あの時初めて気持ちを伝えられたという意味が僕にはわからなかった。

すると、その時「入江くーん、裕樹くーんご飯だよ〜」という声が聞こえて、振り向いたお兄ちゃん
と僕は顔を見合わせた。
琴子が階段を上がって来る音が聞こえてきて、お兄ちゃんを探して歩きまわるスリッパの音がこ
ちらへ近づいてくる・・・

その時、今にもノックの音が聞こえてきそうなドアを見つめながらお兄ちゃんが言った。
「あの時・・・琴子を連れて帰ったあの夜に、オレは初めてあいつに”愛してる”って言えたんだ」
お兄ちゃんは、照れもせずとても穏やかな顔をしていた。
そして、お兄ちゃんの告白に何も言えずに黙り込んでいる僕の顔を覗き込みながらさらに付け
加えた。
「だからあの時のことは、決して辛い思い出じゃないんだ。心配かけて悪かったな」

「入江くーん、裕樹君のところにいるの〜?」
部屋のノックよりも先に、琴子の呼ぶ声が聞こえた。
お兄ちゃんは、呆然としている僕の肩を叩いて部屋を出て行った。

「なんだよ・・・わざわざ呼びに来なくたってお前の声なら家中に聞こえてるよ・・・」
お兄ちゃんが琴子をからかう声が聞こえてくる。

「だからって返事くらいしてくれてもいいでしょう?・・・あれ?裕樹君は?」
琴子がお兄ちゃんに応戦しながら僕のことを気にしている。

「裕樹は、まだ帰ったばかりでこれから着替えだってよ。あとから来るだろ・・・もう子供じゃない
んだから、放っておけよ・・・腹減ったよ。ほら、行くぞ。階段に気をつけろよ!」

お兄ちゃんの声が次第に遠のいていくのを聞きながら、僕はそれまでずっと息を止めていたか
のようにふうと大きく息を吐き出した。
僕は、着替えをしながら、たった今お兄ちゃんから聞いた告白を思い出していた。

そう・・・お兄ちゃんは、いつでも僕に対しては真摯だ。
いつか僕がどうして琴子を好きになったのかと聞いた時も、茶化すことなく正直に僕の問いに
答えてくれた。

―なあ、好美・・・ホントお前の言ったとおりだな・・・

お兄ちゃんにとって、琴子は絶対になくてはならない存在。
そんなこと、僕はもう子供のころから知っていたことなのに、今初めてお兄ちゃんから「愛」など
という言葉を聞かされて、僕は思った以上に感動している自分を感じていた。

「裕樹くーん・・・まだ着替え終わらないの〜?早く食べようよ〜冷めちゃうよ〜」
琴子が呼ぶ声がまた聞こえた。
僕は、ひとつ大きな深呼吸をしてから部屋を出た。

「うるさいなぁ〜先に食べてればいいだろ?」
僕は、努めていつもと同じように答えた。

「だって〜せっかく今日はみんな揃ってるのに・・・早く早く〜お腹空いたよ〜」
琴子が階段の下で僕を急かす。

「なんだよ。妊婦だからってそんなにがっつくとデブになるぞ」
僕は、すぐにいつもの調子を取り戻していた。

「ええ〜大丈夫だもん。ちゃんと考えながら食べてますよ〜これでも一応ナースなんですか
らね〜」

いつものごとく琴子とじゃれあうように口喧嘩をしながらダイニングに入っていく。
お兄ちゃんがまたかというように、呆れ顔で僕たちを見ている。
母さんが琴子を庇い、父さんが楽しげに笑っている。
いつの間にか当たり前になっていたこの光景も、今日ばかりはなんだかやけに新鮮に思える。


あの日、お兄ちゃんが必死になって探した琴子という光は、お兄ちゃんだけでなく僕達家族に
も惜しむことなくその光を降り注ぐ・・・
そう・・・本人はそれと気づかずに。

そして、いつかもう一人、この温かくて退屈しない家族に新たな光が加わる時がきっと来る。
そう、それは琴子の様に輝いて、僕を照らす光・・・

もちろん、僕の脳裏には屈託のない笑顔で僕を見つめる、好美の顔が浮かんでいた・・・


                                          END


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