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 観覧車

「あはは・・・入江君、すごい顔・・・」
琴子が、オレを指差して笑う。

「お前だって・・・」
オレも笑う。

夜の観覧車は、眩しい光を放ちながらゆっくりと回る。
2年目の結婚記念日・・・

オレと琴子は、ゴンドラの中で、崩れたケーキを素手で食べながら、クリームだらけにな
った顔を寄せ合って、その日を祝った。

眼下に広がる景色は、街の明かりが、地上に撒き散らした星のようにキラキラと瞬いて、
オレ達は、ゴンドラの窓ガラスに写った自分達の姿に、顔を見合わせては何度も笑った。

こんな風に、高いところから見下ろしていると、地上で起こるさまざまな出来事がみんな
ちっぽけなことに思えてくるから不思議だ。

1000人もの招待客を待たせていることも、
オフクロやオヤジの困惑した顔も、
理美と良の喧嘩も、
理美の流産が、なんとか持ちこたえたことですら、なんだかどうでもいいことのように思
えて、オレは、琴子にキスを繰り返した・・・

生クリームの混じった甘過ぎるキスは、どこか現実味がなくて、まるで夢の中にいるよ
うな錯覚を起こさせる・・・



「ねえ、理美の赤ちゃん助かって良かったよね・・・」
琴子が思い出したようにつぶやく。

「ああ、そうだな・・・」
オレも、とってつけたように答える。

「なんだか幸せだね・・・」
琴子は、唇の端についたクリームを指で拭いながら笑みを浮かべて言う。

「そんなクリームだらけの顔でもか?」
オレは、少し茶化すように聞く。

「もう〜ムードないな・・・」
琴子は不満気な声を漏らすと、次には窓の外に顔を向けながら満面の笑みで言った。
「もう、幸せすぎてね、ここからみんなに分けてあげたいくらいなんだよ・・・本当に、み
んなが私みたいに幸せだといいのにな・・・」

いつでもみんなの幸せを想っている琴子らしい言葉に、オレは自分の胸に手を当てて
心の声を聞いてみる。
うっとりと微笑む琴子の顔を、窓ガラスの中に見ながら、オレには苦笑いが込み上げた。

オレは手についたクリームが、琴子の服につかないように気をつけながら、でも堪えき
れずに琴子を背中から抱きしめた。

「い、入江君、服が汚れちゃうよ・・・」
琴子が慌てて、オレの腕を解こうとする。

「いいから!」
オレは、琴子の手をかわして、そのままさらに強く抱きしめた。

だって、オレは誰にも分けてやりたくなんかないからさ・・・
オレが独り占めして、絶対に離しはしない・・・心の声は、オレにそう告げた。



窓の外を見れば、ゴンドラは下降を始め、もうすぐ二人きりの結婚記念日も終る。
地上に戻るのまでの時間もあとほんの数分だ。

―それまでは、こうしてお前を捕まえておくよ。

そうじゃないと、星の輝く夜空へ琴子の心が飛び出していってしまいそうだ。
今、この腕のの中にあるオレだけの幸せは、誰にも渡したくはないものだから・・・


                                         END


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