≪Menu
 お兄ちゃんの愛する人

今日は、琴子の公開授業の日。
僕は、黙って琴子の授業を聞いていた。
琴子の教育実習が始まってからずっと、A組の授業のたびにさんざん琴子をいたぶって
きた僕が、今日に限ってあまりに大人しくしているから、クラスのみんなが不審げに僕を
見ているのがわかる。

だけど・・・


<オレの奥さんをあんまりいじめるなよ・・・>

昨夜、お兄ちゃんにあんなこと言われたら、さすがの僕だって今日ばかりは琴子をバカ
にする気にはなれないさ・・・

教室の壁にならぶ先生方。
見るからに緊張している琴子が痛々しくさえある。
僕は、なんだかいたたまれない気持ちで、琴子を見ていた。

すると、いつもと違って僕が何も言わないことに業を煮やしたのか、いつも一番の僕の株
を奪うつもりなのか、隣の奴が琴子に質問を投げかけた。

「ちょ、ちょっとまってね・・・」
そう言ったまま、琴子は僕達に背中を向けて、一生懸命資料をめくりはじめた。


見つかるはずのない答えを探して、しどろもどろになっている琴子を見ていると、なんだか
胸がしめつけられてくる。
僕じゃない奴が、琴子を困らせているのかと思うと、じわじわと怒りが込み上げてくる。

僕の心は揺れた・・・だって、僕は見ているんだ。
昨夜、くまのぬいぐるみを相手に延々と続いていた今日のためのリハーサルを・・・
そんな琴子を、ドアの陰からそっと見守るお兄ちゃんの背中と、心配そうな眼差しを・・・


教室を見回すと、みんながニヤニヤと琴子の様子を見つめ、その後の悲惨な顛末を期待
しているのがわかる。

―ちくしょう!!・・・ここにお兄ちゃんはいないんだ。僕が守るしかないじゃないか!

気がつけば、僕は琴子に助け舟を出していた。
驚いた顔で僕を見つめる琴子に、昨夜琴子がリハーサルの中で僕にさせていた質問をそ
のまま聞いてやった。
僕のバカげた質問に、みんなが冷ややかな目を向けてきたけど、そんなこと構いやしない。


あまりにバカで、見ているとイライラしてついいじめたくなるけど、僕は今日お兄ちゃんの気
持ちが少し分かったような気がした。

僕は、お兄ちゃんをとても尊敬している。
お兄ちゃんは僕の憧れ、僕の目標・・・いつもお兄ちゃんのようになりたいと思ってる。
そして、ずっと付いて回る「天才入江直樹の弟」というレッテルに、負けることなく恥じることな
くこれまでやってきたつもりだ。
でも、こんな気持ちまで受け継いじゃうなんて・・・僕達、やっぱり兄弟なんだね。

なんとか授業が終って、弾むように教室を飛び出していった琴子の背中を見送ると、自然と
大きなため息が出た。

きっと琴子は、真っ先にお兄ちゃんのところへ行って今日の授業が成功だったって報告する
んだろう・・・不思議な達成感と一緒に、ちょっと寂しい気持ちが心に広がった。

―まったく、世話の焼ける奴・・・

それでも、あのお兄ちゃんが心から愛している人なんだ。
いつもクールな顔で、誰も他人を寄せ付けなかったお兄ちゃんに、あんな優しい顔をさせる
ことが出きるのは、おそらくこの世で琴子だけだ。

たぶん、お兄ちゃんは僕が気付くずっとずっと前から、琴子のことが好きだったに違いない。


だって、琴子が家に来た頃から、ずっとお兄ちゃんは琴子をいじめてたもんな・・・
そのくせ、いつも最後には琴子を助けていた。


そう・・・まるで今日の僕みたいにさ・・・


                                             END

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  〜あとがき〜

初めての、裕樹主観のお話です。

直樹に憧れながら、直樹と同じ道を進もうとしている裕樹にとって、琴子はやはり特別な存在。
今回、ずっと家の中でしか触れ合うことのなかった琴子が、外の世界でも自分に関わることに
なって、ちょうど琴子に出会った頃の直樹のような感覚を味わっているのではないかと思いました。
そして、この経験がいずれ好美ちゃんを愛するようになるきっかけにもなっていると思います。


裕樹も中学生になって、もう子供じゃないですからね
なんだかんだと琴子をいじめながら、最後には琴子を助けてしまうことによって、直樹がどうして
琴子を愛しているのかをほんの少し理解した・・・そんなお話です

                                                By キューブ




Menu