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 ため息の言葉・・・2吻的ご褒美デートの結末

「入江君!・・・もう、帰ろ!」
レストランを出たところで、琴子が唐突に言った。

「えっ?・・・もうこれで終わりなのか?」
あまりに意外な言葉に、オレが驚いて振り向くと琴子は笑顔で「うん」と頷いた。

―おかしいな・・・

オレは、昨夜こっそりと盗み見た琴子の秘密のデートプランを頭に思い描いた。
映画を観てから買い物、食事・・・そして、最後は思い出の碧潭へ行って二人でボートに乗るこ
とになっていたはずだが・・・

「ホントにこれで終わりよ・・・ちょっと失敗もしちゃったけど、楽しかったぁ!今日はありがとう。
せっかくの食事も中途半端だったし、家に帰ってお義母さんの作ったご飯を食べよ!・・・ねえ
そうしよ!」
琴子は少し大げさに言うと、どう見ても無理に作った笑顔を見せて、先に歩き始めた。

オレは琴子の少し後ろを歩きながら、その背中に浮かぶ気持ちを読み取ろうとしていた。
あんなにも楽しみにしていたデートのプランが、ことごとく思い通りに進まなくて戦意喪失とい
ったところか・・・
こちらにしてみれば、渋々付き合ったデートだ・・・途中だろうとなんだろうと、終ってくれるのな
らそれに越したことはない。
しかし、少し肩を落として歩くその後姿を見ていると、なんとなくかわいそうな気持ちになってく
るから困ったものだ・・・

オレたちは、家に向かうバスに乗った。
西の空に傾き始めた太陽が、ビルの隙間に見え隠れする時刻・・・何も言わない琴子の頭の
重みと微かな息づかいを左の肩に感じながら、オレは目を閉じていた。

どうして、そんなにデートなんてものをしたいのか、今でもオレにはよくわからない。
確かに、オレはデートなんてものをしたことがないから、その楽しさがわからなのかもしれな
いが、今日一日琴子に付き合ってみても、その良さはわからなかった・・・

―こんなこと言ったら、こいつまた怒るんだろうな・・・

オレは、目を開けて隣の琴子をそっと伺った。
すると、オレは同じように目を閉じている琴子の眉間に微かに寄った皺を見つけた・・・

ふと、看護科への転科試験の勉強をしながら、デートの約束をさせられた時のことが頭に浮
かんだ。
「楽しみがあればがんばれる」と言った琴子の嬉しそうな顔が浮かぶ。
試験に合格してから今日までの間、オレに嫌味をいわれながらも毎晩デートプランを眺めて
は幸せそうなため息を付いていた琴子が浮かぶ・・・

―完璧なデートか・・・

琴子があんなにも楽しみにしてた今日を、こんな顔ではなく笑顔で終らせてやりたい・・・
オレは、琴子の顔を見つめながら、そっと眉間に親指を当てた。
オレの手が触れたせいで、目を開けた琴子がオレを見上げて微笑む。
「なんだか眠っちゃった・・・もう着くの?」

「いや、まだあと二つ先かな・・・まったく、映画館でもあんなに寝てたのに、まだ眠いのかよ」
オレは、呆れた顔を作って琴子を見た。

「えへへ・・・まあね・・・」
琴子が照れたように笑う。
すると、その声にかぶさるようにしてバスの中にオレ達が降りるバス停の、ひとつ前のバス停
に着くことを告げるアナウンスが流れた・・・

バスがゆっくりとブレーキをかけ始め、数人の乗客が出口に集まってくるのを眺めながら琴子
が小さなため息を付く。
オレは、停車したバスの扉が開いたのを見ながら、無意識に琴子の手を握って立ち上がって
いた。

「入江君、このバス停じゃないよ!」
オレは、慌てる琴子を無視して無理に立ち上がらせると出口へ急いだ。
閉まりかけたドアをすり抜けるようにして外へ飛び出す。
あまりに驚いたのか、肩で息をしている琴子がいぶかしげにオレの顔を覗き込んだ。
「入江君、どうしたの?・・・ここ家のバス停じゃないじゃない!」


「そんなこと、わかってるよ・・・いいから来いよ」
オレは、肝心なことには何も答えずに、琴子の手を引いて歩き始めた。
このまま歩いて帰っても、家までは20分とかからないだろう・・・
暮れかかる夕陽が、オレ達の繋いだ手をオレンジ色に染めている・・・琴子は眩しそうに目
を細めながら不意の出来事に半信半疑な顔でときどきオレのことを伺っているようだった。


バスを下りてしばらく行くと、住宅街のハズレに広々とした緑地が見えて来ることをオレは
知っていた。そこは、子供達の遊ぶ遊具や、テニスやバスケットのできるコートがある公園
で、小さな池の周りには、ジョギングコースにもなる遊歩道がある。
昼間はたくさんの人でにぎわっているだろうと思えたが、日の暮れた公園に人の気配はない・・・

オレは、その公園の入り口まで来ると、ためらうことなく中に入っていった。
テニスコートの脇を抜けて、池のほとりへとやってくる・・・遊歩道を囲むようにいくつかのベ
ンチが置かれていて、オレは琴子の手を離すとそのひとつに腰掛けた。

「座れよ・・・」
オレは、ベンチの半分を手で叩きながら面食らったような顔で呆然と立っている琴子に声を
かけた。
すると、それまで、何か言いたげにしながらもずっと黙っていた琴子が、さすがに我慢できず
に聞いてきた。
「ねえ、ホントに入江君どうしたの?・・・入江君がこんなところに来るなんて、なんだか信じら
れない・・・」

「オレだって、公園ぐらい知ってるさ」
オレは、わざと見当違いに答えながら、琴子の腕を引っ張って隣に座らせた。

「そうじゃなくて・・・どうしてわざと一つ前のバス停で下りて、どうしてこんな公園に来て・・・」
琴子が口の中でモゴモゴと言っている言葉を遮りながら、オレは答えた。
「どうして、どうしてって何度も聞くなよ・・・だって、お前、まだ帰りたくないって思っただろ?」
オレの言葉に、琴子の目がみるみる大きく見開かれるのがわかる。

そう・・・オレには聞こえたんだ。
バスを降りる前に琴子が漏らした小さなため息が「まだ帰りたくない」と言っていたのが・・・
そして、そう感じたと同時に自然と体が動いていた。

ただ、それだけのこと・・・

オレは、琴子の肩に手をまわして抱き寄せた。
琴子が体の力を抜いて、オレに身をあずけてくる。

「かわいい池だね・・・昼間は水鳥とかいるのかな・・・」
琴子がうっとりとつぶやく。

「そうだな・・・碧潭の代りにするには、ちょっと小さすぎるよな。ボートもないし・・・」
オレは、涼しい顔で答えた。

「えっ?・・・」
琴子が、跳ねるほど驚いてこちらを見る。
オレは、満面の笑みを浮かべて琴子を見返す・・・

「私の秘密のデートプラン、見たの?」
琴子がおずおずと聞いてくる。

「さあな・・・でもな、考えてみろよ。オレがあの碧潭に行くと思うか?お前、あそこでオレに何
させたか覚えてるんだろうな?」

オレの言葉に、琴子がみるみる蒼ざめるのがわかる・・・オレは、琴子から顔をそむけて、込み
上げる笑いを必死で堪えていた。
おそらく、今琴子の脳裏には、初めて二人でボートを漕いだあの時ではなく、ずぶ濡れになった
オレのウェディングドレス姿が浮かんでいることだろう・・・あの時のオレの怒った顔でも思い出
せば、やっぱり行かなくてよかったと胸を撫で下ろすに違いない・・・

―本当は、そんなに悪い思い出じゃないけどな・・・

案の定、琴子はふいに大きく息を吐き出して、オレをマジマジと見つめた。
「入江君は、私の考えてることなんて、なんでもお見通しなんだね・・・本当は、食事のあと碧
潭へ行って、二人であの赤い橋を渡ったり、ボートに乗りたいって思ってたんだけど、なんだ
か全部上手くいかなくて、行く気が失せちゃってたの・・・でもね、今ここへ連れてきてもらって
わかったことがあるよ」
琴子は、口元に笑みを浮かべながら言った。

「わかったことって?」
オレは、話の続きを促す・・・

「うん・・・入江君と一緒に買い物したり、食事したりってことにすごく憧れてたけど、もちろん今
日は本当に楽しかったけど、でも、今バス停からここまで手を繋いで歩いてた時が、今日の中
で一番幸せだった気がするの・・・結局、デートプランなんてなくても、私は入江君と二人でいら
れたら、それでいいんだってことがわかったんだ・・・」
琴子は、肩をすくめて照れたように笑うと、空に瞬きはじめた星を見上げるようにオレに寄りかか
ってきた。

「そういえば・・・」
オレは、琴子の髪を撫でながら言った。

「なに?・・・」
琴子は、うっとりと空を眺めながら返事をする。

「あのプランの最後は、ボートの上でオレがお前に愛を告白して、熱いキスをするって書いてあ
ったよな・・・」
ニヤリと笑うオレの言葉に、琴子が勢いよく体を起こす。

「ええーー??やっぱり見たのねーー?・・・ひどい!全部わかってたのに用意したTシャツも着
てきてくれなかったし、洋服も選んでくれなかったし・・・それから、それから・・・」

オレは、琴子が顔を赤くしながら振り上げた手をかわして、頭の後ろに手を回すと一気に引き寄
せてキスをした・・・大きく目を見開いた琴子が、慌ててオレをはねのける。

「い、入江君・・・誰かに見られたらどうするの?」
琴子が辺りを見回しながら、つぶやく。

「だって、オレたちラブラブな恋人同士の設定なんだろ?・・・だったらまわりなんて気にならない
んじゃないか?」
オレが、琴子に顔を近づけながら言う。

「そ、それは、そうかもしれないけど・・・」
琴子が、顔を引きながら答える。

「それに・・・お前の秘密のデートプランも、ひとつくらいはちゃんと叶えてやらないとな・・・」
オレの言葉に、琴子の瞳が輝く・・・オレと琴子は、もう一度唇を重ねた・・・


長い長いキス・・・


なあ、琴子?
お前の思い描いたプランとは違っていたかもしれないけど・・・
もちろん、碧潭のボートの上でもなかったけれど・・・
空に瞬き始めた一番星が見届けてくれるよ。
お前の夢のデートプラン・・・こんな結末も悪くないだろう?

                       
                                             END



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