≪Menu
 お前のいる部屋・・・−続・ひとりの夜…−

「ただいま〜!」
階下から、琴子が帰ってきた声が聞こえる。

「あら、琴子ちゃんお帰りなさい。お疲れ様・・・お兄ちゃんは上よ」
オフクロが琴子に答え、階段を駆け上がってくる音が次第に近づいてきて、勢いよく部屋のド
アが開いた。

「入江君ただいま〜!会いたかった〜〜!」

琴子は、部屋に入ってくるなり駆け寄ってくると、体当たりするように抱きついてきた。
たまたまソファから立ち上がったばかりだったオレは、そのままバランスを崩して琴子にしが
み付かれたまま再びソファに身を沈めることになった。

「お、おい。いきなりなんだよ・・・会いたかったって、たった一晩夜勤だっただけだろ!」
オレは冷たい言葉とは裏腹、昨夜感じた寂しさを一気に解消するように、琴子の背中をしっか
りと抱きしめながらつぶやいた。
しかし、琴子はそんなオレの複雑な気持ちなどお構いなしに、興奮したまま話を続ける・・・
「だってね、昨夜は本当に急患が多くて、すごく忙しかったの・・・あっという間だった気もする
けど・・・終わったらね、ホント真っ先に入江君の顔が見たいって思ったんだもん・・・」

そんな歯の浮くようなセリフさえ、なんだか今朝は心地いい・・・

「私ね!」
不意に、琴子が顔を上げて今にも唇が触れてしまいそうな至近距離で満面の笑みが輝いた。

「な、なんだよ・・・」
琴子の勢いにひるんだオレは、少し顔を引きながら次の言葉を待った。

「昨夜は、あんなに忙しかったのにひとつもミスをしなかったんだよ!」
琴子は、さらに興奮度を高めてまくし立てた。

「はあ?・・・ミスなんてしないのが当たり前だろ!そのさも褒めてくれって態度はなんだよ!」
オレは苦笑いを浮かべながら答えた。

「そ、そうか・・・あはは、そうだよね・・・でも、ホントに昨夜はパーフェクトだったんだけどな・・」
琴子は、バツが悪そうに笑うと最後には蚊の鳴くような声でぶつぶつとつぶやいた。

―そうか、頑張ったんだな・・・

オレは込み上げる笑いを噛み殺しながら琴子の頭の後ろに手をまわしてそのまま引き寄せた。
目を閉じた琴子の唇がオレの唇に押しあてられる・・・そのまま琴子の腕がオレの首に絡みつ
き、このキスが、がんばった琴子の何よりのご褒美になる。

ふと、琴子の体から力が抜けていくのを感じた。
「お、おい琴子?・・・琴子!」
オレは、琴子が夜勤明けだったことを思い出して、その体を揺すった。

「あ、ああ・・・入江君の顔見て安心したらなんだか眠くなってきちゃった」
目を擦りながら顔をあげた琴子は、大きな欠伸をしながら腕を伸ばした。

「ほら、立ってちゃんとベッドへ行けよ・・・」
オレは、ほんの少しまだ離したくない気持ちで琴子の髪を撫でた。

「う、うん・・・ねえ、入江君今日はお休みでしょ?・・・私が起きた時にいなくなってたりしないでね。
デートしたいなんて言わないから、でも絶対にいてね・・・」


ほら・・・やっぱりこうしてそばにいれば、いつだって纏わりついてきて鬱陶しい奴なんだ。
ただ、その鬱陶しさがあってオレの心はいつも満たされていることもよくわかってる・・・

「ああ、ずっといるよ・・・」
オレは、いつものように素っ気なく答えながらも、もう一度琴子を引き寄せて深く口づけた・・・
今度のキスは、まるで催眠術のように、すぐに琴子の体から力を奪い去った。
琴子は、あっという間にオレの胸の上で静かな寝息を立て始め、オレはそんな琴子を一旦ソファ
に寝かして立ち上がると、ベッドへ連れていくためにそっと抱き上げた。

その時、部屋のドアがノックの音と同時に開いて、大きなトレーを持ったオフクロが入ってきた。
「琴子ちゃん、ブランチにサンドウィッチ作ったのよ〜食べるでしょ?」

「しーー!」

「あら・・・まあ・・・」

オレの声に、オレ達の姿を見たオフクロは感嘆の声をあげ、トレイをそっとテーブルの上に置く
とニヤリと笑って部屋を出て行った。
ドアが閉まる直前「ああーん、カメラ持ってればよかったわ」というオフクロの声が聞こえてきて
オレは、思わず苦笑いと共にほっ息を吐き出しながら琴子をベッドに横たえた。

静けさの戻った部屋・・・でも、昨夜の静けさとは違う。

―だって、お前がいる。

オレは、しばらく琴子の寝顔を見つめてから、デスクのパソコンの電源を入れた。
目覚めた琴子が、またうるさく纏わりついてくる前に、ひと仕事終えてしまおうと思いながら・・・


                                          END


Menu