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 幸せな朝・・・

遠くで目覚まし時計の鳴る音が聞こえていた。
瞼の向こうはもう明るくて、朝が来てることはわかるのに私は目を開けられない。

―だって、まだ眠いんだもん・・・

入江君は、相変わらず病院に泊まり込みで忙しい・・・どうせ一人の朝だ、もう少し寝坊しても
と思いながら目覚まし時計に手を伸ばすと、そこにあるはずのないものに手が触れた。

―えっ?・・・入江君?

驚いて目を開けると、私の隣で入江君が眠っていた。

「い、入江君・・・昨夜は泊りだって言ってたのに・・・」
ふと、つぶやく。
そうよ・・・緊急の手術が入ったからと病院の入江君から電話があったのは昨日の夕方のこと。
私は、昨夜ひとりでベッドに入った時の寂しさを思い出し、今隣に入江君がいたことが本当に
嬉しくて、思わず頬杖をついて入江君の寝顔を見つめた。

「ねえ、入江君?・・・どうして帰ってきたの?」
私は、眠っている入江君に、自分でも聞こえないくらいの小さな声で囁いた。
もちろん、入江君からの返事なんて期待していない・・・
ただ、忙しくて家に帰ってくる時間すら惜しいはずの入江君が、遅い時間にでも帰ってきた理由
はなんだろうとふと思った。

「ねえ、もしかして私に会いたかったから?・・・」
ほんの微かな声でも、口にするには照れてしまう言葉・・・でも、こんな時にはいつでも聞いてみ
たいこと・・・

<ああ、そうだよ。お前に会いたくて帰ってきたんだよ・・・>
そう言って、ギュって抱きしめてくれるなんて、夢のまた夢だけどね・・・
私は、自分の想像に自分でおかしくなって思わずクスクスと笑った。

どうせ、入江君は静かな寝息を立ててぐっすり眠ってる。

―何言っても、聞こえてるわけないよね・・・

「ねえ、入江君?・・・こんな風に入江君の寝顔を見てるとね、私ホントに涙がでそうになるんだ
よ・・・」

違う・・・寝顔だけじゃないよね、怒った顔も、真剣に本を読んでる時の顔も、増してや時々本当
に優しく笑いかけてくれたら私はいつでも嬉しくて涙がでそうになる。

今は、入江君が私のことをとても大事に思っててくれて、きっと愛してくれてることもわかってる、
でも、やっぱり私にはいつも自信がなくて、もどかしくて、張り裂けそうで・・・

「大好きだからね・・・入江君」

―本当に大好きだから・・・

だから、すぐに不安になる私だけど、でも入江君を思ってる気持は本当に誰にも負けないよ・・・

私は、指先でそっと入江君の鼻筋を撫でた。
入江君が、ほんの少し眉間にしわを寄せて横を向く。
次に、私は入江君の頬に唇が触れるか触れないかのキスをした。
なんだか入江君の表情が不意に柔らかくなったような気がした。

―まさかね・・・

私は、入江君の背中に額をつけて目を閉じた。
入江君の背中は大きくて、温かくて、なんだかもう一度このまま眠ってしまいたくなる。

「ねえ、入江君?・・・やっぱり私に会いたくて帰ってきたなんて絶対に言わないよね・・・」
私は、もう一度囁いた。

「うるせーな・・・」

突然、入江君の声が聞こえた。

―えっ?・・・もしかして起きてたの?

体をこちらへ向けて、私を見つめた入江君がにやりと笑う。
そして、入江君は驚いて固まっている私に向かって長い手を差し出すと、私をすっぽり抱きし
めながら耳元で囁いた。
「お前に会いたくて帰ってきたなんて・・・絶対に言わないね・・・」

本当は一人で目覚めるはずだった朝・・・
でも、隣には入江君がいて、それだけで幸せな朝になった。
そして、私は入江君の腕に抱きしめられながら、心でつぶやいた。


―ねえ、入江君?そんなにギュッとしてくれるのに、台詞がちょっと違うんじゃない?・・・って。


                                           END


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