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 木漏れ日の中で・・・

静かな森の中に佇む山荘・・・
テラスから身を乗り出すようにしてあたりを見ながら琴子がオレを呼ぶ。


ねえ、入江君!・・・あんなに空が青いよ・・・

ああ。

ねえ、空気が澄んでて、気持ちいいね〜

ああ。

あっ・・・あの鳥の声、初めて聞くね〜どこにいるんだろ?

ああ。

ねえ、入江君もおいでよ〜

ああ。


ほんのしばらく琴子の声が途切れ、オレは手にした本の世界に没頭する・・・


・・・ねえ、その本面白い?・・・

ああ。

ふーん・・・


どうやら、オレはあまりに生返事を繰り返し過ぎたらしい・・・
不意に琴子の声が頭上から聞こえ、突然視界から活字が消えて自分の手の平が見えた。

―えっ・・・?

驚いて、顔を上げるとオレの読んでいた本を取り上げた琴子が、何か企んでいるような不敵
な笑みを浮かべてオレを見下ろしていた。


な、なんだよ・・・

私がいるの思い出した?

えっ?・・・

ここには何しに来たんだっけ?

何が言いたいんだよ!

忘れちゃったんならもういいよ!私ひとりで散歩に行ってくるから!


不可思議な会話の後、琴子はオレの手に本を戻すと、ぷいっと背中を向けて部屋を出ていく。
琴子の白いドレスの裾がふわりと翻って、覗いた素足になぜかドキッと胸が高鳴った・・・

オレは、琴子が逆さまにして渡した本を苦笑しながら閉じると、テラスから庭へ下りていく琴子
の姿を目で追う。
すると、不意に琴子の姿が目の前の木立に吸い込まれるように消えた・・・

―ん?・・・

オレは立ち上がって、テラスの先の木立へ目を凝らす。
傍らの暖炉の上に本を置けば、ひんやりとしたレンガの感触がなぜかオレの不安を掻き立てる・・・

―おい、どこに行ったんだ?

部屋を抜けて、テラスから琴子の姿を探してみても、濃い緑とこげ茶色と淡い乳白色の世界
に白いドレスの影は見えない。


琴子?・・・


オレは声に出して呼んでみる・・・
すると、どこからともなくいたずらっ子のようなはしゃいだ声が返ってきた。


ねえ、思い出した?・・・


思わず込み上げてくる笑みと安堵する心・・・


ああ、思い出した・・・思い出したから、出て来いよ。


すると、目の前のひときわ太い木の陰から、突然琴子が現れてオレに大きく手を振る。
柔らかな木漏れ日が差し込む木立の中に、白いドレスの琴子がやけに眩しい・・・
長い黒髪に陽の光が反射して、その笑顔の輝きに思わず息をのむ・・・

なんだか今すぐに抱きしめないと、また消えてしまいそうで、オレは無意識に前へと歩き出す。
気まぐれに木々を吹き抜けて行く風が琴子をさらってしまう前に、しっかりと捕まえてオレのこ
の腕の中に隠してしまおう・・・

―そのままじっとしてろ・・・

そのあどけない笑顔とふと見せる色香に、まるで琴子が女神のように見えたから・・・
オレは、いきなり琴子を抱き上げて、戸惑うその唇にキスをする。

このまま部屋へ戻ろうか・・・
それとも、琴子の気が済むまで手をつないで歩こうか・・・

2人きりの甘い休日にプランはない。
だから、あとはこの心の赴くまま。

―思い出したよ・・・こうしてお前を抱きしめるためにここに来たことを・・・



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