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 目覚めのキスはそっと・・・

「入江君大好き!」
いつものように琴子が言った。
オレもいつものように答える。
「ああ、わかってる・・・」

しかし、いつもならそれで満足げに頷く琴子が、今日はさらに何かを求めるように大きな瞳でオレ
を見上げている。

「な、なんだよ・・・」
「ねえ・・・たまには違うこと言って欲しいな・・・」
「違うことってなんだよ・・・」
「うーん・・・オレも好きだよ!とか・・・」
「なっ・・・そんなこと言えるかよ」
「ええ〜そうなの?・・・言えないの?・・・それとも言いたくないの?」

琴子は、まるで挑むようにまっすぐにオレを見上げながら言った。

―おいおい、いったいどうしたんだよ・・・

オレは、琴子をなだめるつもりで両手を差し出す。
この腕に抱きしめて、言葉にできない想いを精一杯込めて甘いキスをすれば・・・
オレは、琴子の唇を目指してゆっくりと顔を近づけていく・・・しかし、なぜかオレの唇は琴子の頬
に着地した。

―えっ?・・・

見ると、横を向いてオレのキスを避けた琴子が、少し恨めしげな瞳でオレを見ている。

「私は入江君が本当に私のことを好きなのか、ちゃんと言葉で聞きたいの!・・・」
琴子が珍しく食い下がる。

「何言ってんだよ・・・そんなこと男はいちいち口になんかしないんだよ!」
オレは、照れも手伝って少しきつい言い方で琴子をけん制した。

「そんなこと言って、本当は私のこと好きじゃないんでしょ?・・・入江君なんてもういいよ!」
琴子は、吐き捨てるように叫ぶと、突然きびすを返して部屋を飛び出していってしまった。

―なんで、そうなるんだ?・・・オレがいったい何をした?

オレは、琴子が飛び出していったドアがゆっくりと閉まって行くのを呆然と見つめいた。
しかしオレはドアと反対方向のテラスに出ると、家を飛び出して走って行く琴子の背中に向って
叫んでいた。
「待てよ、琴子!何ひとりで勝手に盛り上がってるんだ!・・・好きに決まってるじゃないか!」


次の瞬間、オレははっと我に返ってあたりを見回した。
いや、違う・・・その瞬間、オレは目が覚めたというのが正しいのかもしれない・・・

―夢か・・・

オレは、自分としては絶対にありえないシチュエーションの夢に、思わず首を振りながらベッドの
上に起き上がった。
すると、目の前に呆然とした顔で琴子が座っていて、オレをひどく驚かせた。

「お、おはよう・・・ど、どうした?朝からそんな顔して・・・」
オレは、嫌な予感に見舞われながら素知らぬ振りで聞いた。
すると、寝ぼけ顔の琴子の口から思いもよらない話しが飛び出した・・・

「私ね、夢を見たの・・・入江君に好きって言って欲しいって駄々をこねて、それでも入江君が好
きって言ってくれなくて、怒って家を飛び出したの・・・その瞬間にベッドから落ちて目が覚めたん
だけど・・・」
琴子は、次第に高揚してくる気持ちを抑えきれないように早口でまくし立てるといったん言葉を切
った。

「そ、それで?・・・」
オレは、その先の琴子の言葉を大方予測しながら尋ねた。

「そしたら、入江君が寝言で言ったの・・・」
「何て?」
「好きに決まってるじゃないか!・・・って・・・」
琴子の声は震えて、たかが寝言とは思っていないのがありありと伝わってきた。
オレは、全身に鳥肌がたつような感覚に襲われ、次に言うべき言葉を探していた。
琴子は、オレの発する言葉を待って、少し潤んだ瞳でオレを見つめている。

―どんないいわけも無駄だな・・・

オレは、ひとつ大きなため息をつくと、観念して琴子の頭を撫でた。
「どうやらオレたち同じ夢を見てたみたいだな・・・」
「やっぱり、そうなの?・・・じゃあ・・・」
琴子はさらに声を震わせて言った。

「つまり・・・そういうことだよ。わかったか?」
オレは、夢の中の自分の言った言葉を思い出しながら答えた。

「う、うん!」
琴子がこれ以上ないほどに幸せそうに笑う。
オレは、その笑顔にほだされるように、その頬に手を当てて引き寄せた。

まるで夢の中のシーンの再現のように、ゆっくりと顔を近づけていく・・・
目覚めのキスは唇がそっと触れるくらいがいい・・・
それでも今度は間違いなく琴子の唇へ着地して、オレは琴子の背中をしっかりと抱きしめた。


「入江君、大好き・・・」
「ああ、わかってる・・・」


                                            END


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