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 シナリオのない時間・・・

―よし、終わった・・・

オレはパソコンの電源を落とすと、椅子に腰かけたまま一度大きく伸びをした。
デスクの上の時計を見ると、夕食を済ませてパソコンの前に座ってから2時間近くが過ぎている。

―ん?琴子は?・・・

一緒に部屋に戻ったはずなのに、一度も琴子に邪魔をされることなくレポートを書き上げられたこ
とを不思議に思いながらオレは振り返った。

すると琴子は、ベッドを背もたれにして膝を抱えた格好で床に座ってテレビの画面を見ていた。
仕事をすると言ったオレに気を使ったのか、ヘッドホンを耳に当てた後ろ姿に思わず笑みが浮かぶ・・・

オレは、デスクの上の書類を片付けると、夢中で何かの映画を見ている琴子の横に腰を下ろした。
琴子の傍らに置かれていたDVDのケースを見ると、どうやら恋愛映画を見ているらしい・・・
そろそろクライマックスになるのか、琴子はオレが隣に座ったことにも気づかずに画面を食い入る
ように見ていた。

―ふっ・・・くだらねえ・・・

思わず心の中で悪態をつく。
しかし、手にしていたDVDケースを元の位置に戻そうとして琴子に目を向けた瞬間、オレは思わず
伸ばしかけた手を止めてその横顔から目が離せなくなってしまった・・・

琴子の大きく見開かれた瞳にみるみると涙が湧き上がって来る・・・
その瞳から溢れ出た大粒の涙が、頬を伝って顎の先から琴子の抱えた膝の上にポタポタを落ちて
いく・・・それでも琴子は、瞬きもせずにまるで呼吸すら忘れたかのように真っ直ぐにテレビの画面
を見据えていた。
オレは、思わず息を飲んで琴子の顔を見つめていた・・・そこまで架空の世界に感情移入できる琴
子に半ば感動すら覚えていた。
すると、画面にはエンドロールが流れはじめ、琴子は大きく息を吐き出して体の力を抜いた。

オレは、涙でぐしゃぐしゃになっている琴子の顔を覗きこむと、からかうように声を掛けた。
「すげー顔・・・」
すると、琴子はその時本当にオレの存在に気づいたように、はっと顔をあげてオレを見た。

―おいおい、まじかよ・・・

オレはあからさまに呆れた表情を浮かべながら琴子にティッシュを渡してやった。
琴子は、素直に受け取って涙を拭くと、しばらくオレの顔をじっと見つめてから再び込み上げてく
る嗚咽を堪えながら口を開いた。

「ねえ、入江君・・・もし、もしもだよ・・・もし私がそばにいることが入江君の人生の障害になるなら
私はいつでも身を引くからね・・・」

―えっ?・・・

オレは、あまりにも思いがけない琴子の言葉とその表情に、心臓がドキンと高鳴ったのを感じた。
しかし、すぐに我に返ると潤んだ瞳で迫って来る琴子を、のけ反りながらも押し止めて答えた。
「お、お前・・・今観た映画のヒロインにでもなったつもりか?・・・」

「えへへ・・・そうだね〜だってすごく感動的だったんだもん・・・」
琴子が、うっとりとした顔で答える。

「おい・・・お前がオレの人生の障害だって言ったら、本当に身を引くのか?・・・」
オレは、わざとイジワルな言い方をして琴子の顔を見た。

「えっ?・・・うん!もちろん大好きな入江君のためだもん、身を引くよ・・・」
琴子は、さらりと答えた。

「おいおい・・・そんなこと言っていいのか?・・・」
オレは、呆れながら尋ねた。

「うん!・・・だって、最後には『やっぱりお前と一緒にいたい』って入江君が追いかけて来てくれる
ことになってるからね・・・」

―はあ???・・・・

「あはは・・・」
オレは思わず、声をあげて笑った。。

―なるほど・・・そういうことか・・・



琴子は、気づいていない・・・
今こうしてオレ達が出会い、愛し合っていることこそが、本当は映画の中の恋よりもはるかに奇跡
なのだということに。
オレにしてみれば、映画の筋書きなどよりも、その映画を観ながら大粒の涙をこぼす琴子の表情
の方がよほど感動を与えてくれるもののように思えた。

「じゃあ、お前のシナリオ通りだとラストシーンは、こんな感じなんだろ?・・・」
オレは、言葉と同時に琴子の顎をそっと持ち上げて顔を近づけていった。
琴子が、オレの目を見てはにかんだように笑うと小さく頷いた。

始めはそっと重なる唇・・・次第に熱く、深く・・・
琴子の腕がオレの首に絡みつき、オレはその背中を抱き寄せる。


そして、その先のオレ達の時間には、もうシナリオはない・・・


「ねえ、入江君?・・・そういえばレポート書き終ったの?・・・」
「ばか・・・書き終ってなかったらこんなことしてないだろ・・・」
「そっか・・・そうだよね。よかったぁ〜ねえ、入江君大好き・・・」
「お前・・・色気無さすぎだよ・・・」
「えっ?・・・ひどーい・・・」

・・・・・・。


                                              END


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