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 涙が止まるまで・・・

「おい、入江!・・・琴子ちゃんが探してたぞ・・・」
不意に肩に手を置かれて振り向くと、いつになく真面目な顔で西垣医師が言った。
オレが何も答えずに歩き出そうとすると、さらに「おい!」と言って呼び止められた。

「なんですか?・・・」

「今日のオペ、お前が努力していたことはわかってる。うまくいくとも思ってた。でも、思ったよりも
酷い状態だったんだ。あれじゃ手の施しようがない・・・患者の家族も納得してるんだ。気にするな」
西垣医師は再びオレの肩に手を掛けると、低い声で淡々と言った。

「慰めてくれるんですか?・・・」

「なんだその言い方は!・・・ホントにお前は素直じゃないな。」
西垣医師は、苦笑いを浮かべながらオレの肩をポンポンと叩いて去って行った。

事実は事実として受け止め、ただ漫然と時が流れていくのを待つ。
力不足だったわけではない。
計画を誤ったわけでもない。
それでもこんな時、やりきれない想いはどこまでもオレを責め続ける。

ふと、琴子の顔が見たいと思った。
琴子はきっと、まだオレを探している。

オレは、携帯を取りにオフィスに戻った。
しかし、ドアを開けるとメールを送るまでもなく、琴子がオレを待っていた。

オレのデスクの椅子に腰掛けていた琴子は、オレの姿を見て立ち上がった。
何も言わずにゆっくり近づいてくると、オレの顔を見つめながらそっと手を握った。

「なんて顔してんだ・・・」
今にも泣きそうな顔に向かってつぶやく・・・

「だって・・・」
そう言ったまま言い淀む琴子に、オレは「だって?」と聞き返す。

今日の手術の結果を知って、琴子が必死になってオレを探したであろうことは容易に想像が
ついた。

「お前がそんな顔したって仕方がないだろう?・・・オレは医者だ。こういうことだってあるさ・・・」
オレは、黙り込んでしまった琴子に諭すように言った。
すると、大きく息を吸い込んだ琴子が勢いよく顔を上げた。

「ホントに?・・・ホントにそう思ってるの?・・・入江君だって人間でしょ?うまくいかなくて悔しかっ
たり悲しかったりしないの?・・・私は悲しいよ。入江君がすごく努力してたの知ってるから・・・もち
ろんそういうの入江君が全部胸にしまっちゃうのも知ってるけど、でもやっぱり悲しいよ・・・」

琴子の剣幕に一瞬怯みながら、それでもオレは平然と琴子を見降ろしていた。
こんな時、オレは心のたけを表す術を持たない・・・

オレは、答えるかわりに琴子の手をギュっと握り返した。
すると、ふっと肩の力を抜いた琴子がオレを見上げて言った。
「入江君が出来ないなら、私が代わりに泣いてあげるよ・・・」

「えっ?・・・」
それは、あまりにも琴子らしい言葉だった。

「だから・・・」
「だから?」

「泣きやむまで抱きしめててくれる?・・・」
琴子は、すでに潤み始めた瞳で、はにかんだようにオレを見上げた。

オレは、こんな時でも思わず笑みが込み上げるのを感じながら、繋いでいた手を引き寄せて琴子
の背中に手を回した。
オレの胸に顔をうずめた琴子が、激しく嗚咽する・・・その声に導かれるように、オレは強く強く琴子
を抱きしめた。

白衣を濡らす琴子の涙が、悔しさも悲しみも洗い流していく。
心の中がとても楽になって、癒されていく。
オレには決してできないことを、琴子はこんなにも鮮やかにやってのける・・・

オレは、泣きじゃくる琴子の顔を上げさせてその額に唇を押し付けた。
「ありがとう」と「愛してる」の気持ちを込めて・・・
目を閉じたままオレのキスを受けた琴子は、さらに声を上げて泣き続けた。


だから・・・

オレは琴子の望み通り、その涙が止まるまで琴子を抱きしめていた・・・


                                             END


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