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 私の夢が叶った日・・・−直樹&琴子Anniversary story−

―えっ?・・・

私は、思わず持っていた菜箸を落としそうになりながら振り返った。

「お、お兄ちゃん?・・・今何て言ったの?・・・」
私の言葉に、お兄ちゃんはあからさまに面倒くさそうな表情を浮かべた。
「だから!・・・今年の結婚記念日は、琴子と2人で出かけるから何も用意しなくていいって言ったん
だよ」

―ええ〜〜〜!!

「お兄ちゃん、どうしたの?・・・」
私は、慌ててお兄ちゃんに駆け寄ると、背の高い息子の表情を少しでも近くで見ようと思いっきり背
伸びをして顔を近づけた。
すると、お兄ちゃんは私の勢いにのけ反りながらも、しっかりと私の目を見ながら答えた。
「どうしたもこうしたもねーよ。オレと琴子の結婚記念日なんだから2人で過ごすことにしたってだけ
のことだろ?」

私は、何か文句あるかと言わんばかりのお兄ちゃんの言い方に「そ、そう・・・」と答えることしかでき
ず、「じゃあ、そういうことだから・・・」と、クールに言い放って去って行く息子の背中をとても複雑な
気持ちで見つめていた。

それは、戸惑いと喜びと寂しさが入り混じった、ちょっと鼻の奥がツンとするような気持ち・・・
それが、3日前の出来事。



「はあ・・・」
「ママ?・・・いったい今日何度目のため息だい?・・・」
パパが、私の顔を覗きこむようにして笑った。

「だってパパ・・・寂しいじゃない?いつもなら今頃みんなでわいわいがやがやとパーティーの真っ
最中よ・・・今年だっていろいろ考えてたのに・・・」
私は、リビングのソファの上に膝を抱えて座りながら、少し拗ねたように答えた。

「まあ、こういう年があったっていいだろう?・・・だいたい直樹の方から琴子ちゃんを連れ出すなん
てことも滅多にないんだしな・・・」

パパは優しくて私の愚痴に嫌な顔ひとつせず、肩を落とした私の背中を擦ってくれた。

「ねえ、パパ?・・・琴子ちゃんが初めて家に来た日のことを覚えてる?・・・」
「えっ?・・・ああ、アイちゃんの家が地震で壊れて家に住むことになった時の事かい?」
「ええ、そうよ」
「あの時の琴子ちゃんは可愛かったな〜それがどうしたの?・・・」
「今日はね、お兄ちゃんと琴子ちゃんの結婚記念日ってだけじゃないの・・・」
「ん?・・・どういう意味だい?」
「私にとっては、あの日からずっとずっと思い描いていた夢がやっと叶った日でもあるの・・・」

パパは、不思議そうな表情を浮かべて、私の顔を覗きこんだ。
私は、少し思わせぶりな笑みを返してパパから視線を逸らした。
そして目を閉じると”あの日”・・・琴子ちゃんが我が家にやって来た日へと思いを馳せていた・・・

そう・・・琴子ちゃんが我が家に来た日から、密かに、そして大胆に膨らんでいった私の夢。

最初は、ずっとあこがれていた”娘”が出来たようでそれが嬉しかった。
琴子ちゃんの可愛さは申し分なく、十分に私の欲求を満たしてくれた。
でも、本当の意味での”夢”が芽生えたのは、その日のお兄ちゃんの琴子ちゃんに対する態度だっ
た。

あの日、私が何よりも驚いたのは、それまで親の言うことには文句も言わずに従っていても、何に
対しても無関心だったお兄ちゃんの小さな変化だった。
お兄ちゃんは、明らかに琴子ちゃんに関心を持っていた。
その態度が、どれ程冷たくても、嫌味たらたらでも、まったく無視するわけではなかったことで私は
とても久しぶりにお兄ちゃんの人間らしい表情を見た気がしていた。

<琴子ちゃんが、お兄ちゃんを変えてくれるかもしれない・・・>

漠然と胸に湧き上がった思いが、いつか2人が結ばれることを望むようになるまでにそう時間はか
からなかった。
そして、不思議とそれが無謀な夢だとも思わなかった。

―だって、お兄ちゃんはあの日を境に日に日に変化していったから・・・

「それでも随分回り道をして、時間はかかったわよね・・・」
私は、突然思考の中から抜け出して、ひとり言のようにつぶやいた。

「直樹と琴子ちゃんのことかい?」
パパは、私の考えていることがわかっているのか、当たり前のように聞き返した。

「ええ・・・何度もあきらめそうになったわ・・・」
私は、小さなため息をついてパパの肩に頭を預けた。

「でも、ママはあきらめなかった!」
パパは、私の肩に手を回しながら、まるで私を讃えるよに声をかけてくれた。

私は、リビングテーブルの上に置いておいたアルバムに手を伸ばした。
お兄ちゃんと琴子ちゃんの結婚式の写真の納められたアルバムを、パパにも見えるようにめくって
行くとその瞬間その瞬間の感慨が再び胸に湧き上がって胸が震えてくるのを感じていた。

どれ程、待ち望んでいた日だったか。
どれ程、嬉しかったか。

「お兄ちゃんも琴子ちゃんの愛情にばかり甘えてないで、やっと奥さん孝行する気になったってこと
かしら?・・・」
「そんなことないさ・・・直樹は直樹なりのやり方で、いつも琴子ちゃんを大事にしてるよ」
「あら?パパすごいわね〜やっぱり男の心理は男じゃないとわからないってこと?」
「あはは・・・直樹の場合は特にわかりにくいってだけだよ・・・ママが育てたんだ、本当は一途で優し
い子だよ」

―えっ?・・・

私は、パパの言葉に突然涙が込み上げた。

「やだ、パパったら・・・」
私は、パパの胸を叩いて顔をそむけた。

パパの言葉で、ずっと胸の片隅に燻ぶっていた罪の意識が消えていくような気がした。
私の小さな過ちが許されたような気がした。

自分のわがままから子供の頃のお兄ちゃんを女の子として育てたこと。
それが原因でお兄ちゃんが心を閉ざしてしまったこと。

私は、パパを軽く睨みながら、不満げにつぶやいた。
「もっと早くにそう言ってくれればよかったのに・・・」
すると、パパは声を上げてひとしきり笑ってから「ママはそうでなくちゃな・・・」と答えた。

「今頃、2人は何してるかしらね・・・美味しい食事をして、それからデートをしてるかしら?」
私は、なんとなく窓の外へ目を向けながらつぶやいた。
すると、そんな私の気持ちが通じたかのように、テーブルの上に置いてあった携帯電話にメールの
着信音が流れた。
「あら!琴子ちゃんからだわ・・・」

<お義母さん、寂しい想いをさせちゃってごめんなさい。とても楽しいデートができました。もうすぐ
帰ります。>

思わずまた涙がこぼれそうなメッセージの後に、綺麗な夜景をバックに満面の笑みの琴子ちゃんと
とても穏やかに微笑んだお兄ちゃんの2ショット写真が現れた。

「観覧車の中かしら?・・・2人とも幸せそう・・・」
私が感慨深くつぶやくと、パパも隣で大きく頷いていた。

「あら?・・・まだ何か書いてあるわ・・・」
ふと見ると、写真の後にも短いメッセージが添えられていた。

―えっ?・・・

「ほら、やっぱり家のママは最高だってことだよ・・・」
携帯のメッセージを覗きこみながらパパが言った。

パパが、キッチンからワインを注いだグラスを2つ持ってきてひとつを私に渡してくれた。
「さあ、今日は記念日なんだ・・・お祝いしよう」
「ええそうね・・・ねえ、パパ?・・・私、本当に幸せよ・・・」
「ああ、そうだね・・・それに、来年にはおじいちゃんとおばあちゃんだね・・・」
「ホント、楽しみだわ」


パパが、グラスを私の前に差し出す・・・
「じゃあ、ママの夢が叶った記念日に・・・」
「お兄ちゃんと琴子ちゃんの結婚記念日に・・・乾杯!・・・」

グラスとグラスがぶつかるチンっという音が、幸せの鐘の音のように聞こえた。
そして、私はワインをひと口飲むと、もう一度携帯の画面を開いて2人の幸せそうな笑顔とその後
に書かれたメッセージを読んだ。

報われて余りある想いが、また新しい夢となって繋がって行く・・・
愛おしくてたまらない存在がこの世にあることの幸せに涙が溢れる・・・

―琴子ちゃん、ありがとう・・・

私は、琴子ちゃんのくれた言葉を胸に刻むように、何度も読み返していた。


<私もお義母さんのようなママになりたいって言ったら、直樹くんもそうだねって言ってくれました。
私、がんばります♪>


                                              END


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