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 明日、晴れたら・・・

明日のお天気は、生憎の雨模様となりそうです・・・降水確率は90%、お出かけの時に
雨が降っていなくても、傘をおわすれになりませんように



琴子がつけたままのテレビから天気予報が聞こえてくる。
オレは、疲れ切った体をベッドに横たえて、少し鼻にかかったようなアナウンサーの声を聞
くともなしに聞いていた。

連日の手術と、ICUに詰めっきりの日々が続き、明日はやっと2週間ぶりの休日となる。
それでも、病院から緊急の連絡が入ればすぐに行かなくてはならないだろう・・・
こんなにもゆっくりと自分のベッドに寝転がったのは本当に久しぶりな気がしていた。

―明日が雨だろうとなんだろうと関係ない・・・

明日は、目が覚めるまでゆっくり眠って、明後日の手術計画を見直して、あとは読みかけ
の本を読んだりしながらのんびりと過ごそうと思っていると、ドレッサーの前に座って髪を
乾かしていた琴子が不意にオレを呼んだ。

「ねえ、入江君?・・・お願いがあるんだけど・・・」
その甘えるような声音に、オレはふと戦慄を感じて閉じかけていた目を開けた。

「なんだよ・・・オレは、もう寝るぞ・・・」
オレは、琴子へのけん制の意味も込めて、素っ気なく答えると寝返りを打って琴子に背
中を向けた。
今から看護計画の手伝いなどさせられたらたまらない・・・
すると、琴子は慌てたようにベッドをぐるりと回ってオレの前にやってくると、肩を揺さぶる
ようにして顔を覗き込んだ。

「違うよ〜これから何かしてもらうんじゃなくて・・・明日の事なの!」
琴子の言葉に、うっすら目を開けると、焦点も合わないほど間近に琴子の顔があってオ
レのことを満面の笑みで見つめている。

「う〜ん・・・なんだよ〜2週間ぶりの休みなんだぞ・・・明日だってオレは何もしない!」
オレは、もう一度寝返りを打って、琴子に背中を向けると毛布を頭までかぶって絶対拒絶
の態勢を取った。
しかし琴子は、そんなオレの態度にもまったく怯む気配を見せずにベッドに上がり込んで
くると、弾むような声で言った。
「あのね・・・いつもバス停から見える公園あるでしょ?あそこのお花畑がいま黄色い花で
満開なんだよ・・・すごく綺麗なの。だから明日晴れたら2人で見に行きたいなって思って
・・・きっとすごく癒されるよ・・・」

オレは、琴子の話を聞いて、毛布から顔だけ出すとあきれ顔で振り返った。
「お前、さっきの天気予報聞いてなかったのか?・・・明日は90%の確率で雨だぞ。無理
だな」
いつもなら鬱陶しい雨模様でも、今回ばかりはオレの休日を守ってくれたと内心ほくそ笑
みながらオレは答えていた。
すると、琴子は意外にも怒った顔になり、「もう!わかってるてば!」と言い放ち、次には
すねたような顔をしてオレの顔を睨んだ。

「明日の雨の確率は90%・・・だから入江君が家でゆっくり寝ていられる確率も90%・・・
でも私が入江君と手をつないでお散歩できる可能性も10%はあるってことでしょう?それ
なら私はその10%に賭ける!・・・ねっ?だから約束して・・・」
最後には両手を合わせるようにして懇願する琴子に思わず笑いがこみ上げる。

「なあ琴子?・・・お前仏頂面のオレと散歩して楽しいのかよ・・・」
オレはふと不思議に思って尋ねた。

「仏頂面なんていつものことじゃない・・・」そう言って琴子がくすくす笑う。
「いつもたくさんの患者さんが入江君を待ってて、それはよくわかってるけど、たまには私
が入江君を独り占めしたいの!・・・だって、ずっと我慢してたんだもん」
琴子の声は、次第に小さくなり最後にはひとり言のようになつぶやきになった。

―そういえば・・・

この2週間、琴子が意味もなくまとわりついてくるようなことがなかったような気がした。
それは、ただ単に琴子も忙しくしていたのだろうと思っていたが、本当は寂しいのを我慢し
ていたのかと、初めて気付かされた。
オレは、忙しさにかまけて琴子を放っていたことを少し情けなく思っていた。
そして、そう思う自分がこんな琴子との他愛のない会話で、十分に癒されていることも感じ
ていた・・・

「独り占めなんて、今だってしてるようなもんだろ?・・・」
オレは、すっかり眠気も吹き飛んで、ベッドの上に体を起こしながら言った。

「だって、私は入江君と手をつないで歩きた・・・」「わかったよ・・・」
オレは、琴子の言葉を遮って、背中から琴子を抱きしめた。

「明日晴れたらな・・・」
琴子の肩に顎を乗せて、耳元にそっと囁く。

「ホント?・・・約束だよ」
胸の前で交差するオレの腕を掴みながら琴子が答える。
明日の雨の確率は90%・・・それなのに、まるで晴れることを確信しているかのように琴子
が笑顔を見せた。

―でもその前に、まずはオレがお前を独り占めだな・・・

オレは琴子をこちらに向かせて髪を撫で、琴子がオレの頬を両の手のひらで包み込む。
間近に見つめあえば、どちらからともなく唇は重なり、2人の上に優しい時が刻まれる・・・



そしてオレは思っていた・・・
わずか10%の確率でも、琴子が思えば雨雲を吹き飛ばして、明日の空模様を晴れに変
えてしまうかもしれないと・・・


                                           END


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