≪Menu
 ビタースウィート・バレンタイン

「入江くーん、おかえり〜!はい、私から入江君にバレンタインのチョコレート!私の愛をい
っぱい込めて、大奮発しちゃったぁ〜!ほら、包みも素敵でしょ?人気のあるチョコだから、
お店もすごい混んでてね、もう買えないんじゃないかってひやひやしちゃった・・・えへへ。」

―なんだ?こいつ・・・やけにテンション高いな。

オレが、不審に思うのも無理はない・・・家に帰って、部屋に入るなりいきなり目の前に突き
出されたピンクのリボンの掛かった包み。
どこか後ろめたいような顔をして、それでも精一杯の笑顔を作って琴子がオレを見上げる。
言い訳のように言葉を並べて、こちらに取りつく島を与えないのは、何かを隠している証拠だ。

「ホントはね、今年こそがんばって美味しい手作りチョコを作ろうと思ってたんだけど、また
師長に看護計画のやり直しを言われちゃって、そんな暇がなかったんだ・・・だから、来年は
きっとがんばるから今年はこれで許してね・・・」

オレが何も答えずにプレゼントを見つめていると、琴子はさらにとってつけたような言い訳を
並べる。

「ん?・・・入江君、どうしたの?じっと見つめちゃって・・・私なんか変?」

―ああ、変だね・・・

髪の毛についているのは、どう見ても小麦粉の白い粉。
Tシャツの胸には、飛び散ったようについたチョコレートのシミ。
そして、ご丁寧にもほっぺたには生クリームをくっつけて、それでどうして手作りしないなん
て言えるのか・・・

―まったく、バレバレなんだよ・・・

「うそつき・・・」
オレは、目の前に差し出された包みを受け取って横のソファに投げ出すと、すぐに向き直っ
て琴子の顔をじっと見下ろした。

「えっ?・・・うそつきって・・・」
琴子が、ひきつった顔をしてオレを見る。

「ほら、出せよ・・・」
オレは、琴子の前に手のひらを差し出した。

「出せって、何を?」
琴子の顔がさらにひきつる。

「失敗したバレンタインのケーキだよ」
オレは、必死に笑いをこらえながら、琴子の反応を見ていた。
すると、琴子はみるみる大きく目を見開いて、「どうして知ってるの?」と呆けたようにつぶや
いた。

「お前の顔に書いてある・・・また今年も失敗しちゃいました。仕方がないので、急いでお店に
行ってチョコを買ってきました・・・ってな」

「ええ〜どこどこ?・・・どこにそんなこと書いてあるの〜?」

オレは、あわてて自分の顔を隠そうとする琴子の両の手首を掴んで、その頬に唇を寄せた。
「ほら、甘い生クリームの味がする・・・」
すると、琴子は観念したように、部屋の奥へ入って行くとケーキの箱を持って来てオレの前
に差し出した。

「あはは・・・今年もまた随分と派手にやったな・・・」
オレは、箱の蓋をあけて中身を見ると、半ば感動しながらつぶやいた。

―毎年、よくもこれだけ同じことを繰り返すよな・・・

オレは、笑いながら心の中でつぶやいた。

「だって、お砂糖の分量間違えちゃって・・・」
琴子は今にも泣き出しそうな顔をしている。

―でも、この方が、ずっとお前らしいよ・・・

オレは、いびつなハート型をしたチョコレートケーキを、ひとつまみ口に運んだ。

「ん?・・・まあまあじゃん」
その味は意外にもビタースウィートな、ほろ苦い味のチョコレートケーキ。

「ホント?・・・まずくない?」
琴子もひと口ケーキを口に入れる。

「ああ、まずくないよ」
オレの言葉に、琴子が安堵の溜息をついて泣き笑いの顔になる。
オレは、そんな琴子が愛おしくて、その額ににそっとキスをする。

―ありがとう・・・

口に出しては言えなくても、オレの世界がいつでも琴子の愛情に包まれていることに感謝する。
何も気負うことはない、ただそのまま、そのままの琴子でいてくれさえすれば、オレはいつも
優しい幸せを感じていることができる。

「来年は、もっと美味しくて奇麗なハート型にするからね・・・」
琴子が唇の端にチョコレートを付けたまま、小さくつぶやく。

―期待しないで待ってるよ・・・

「ねえ、入江君?・・・」
「ん?・・・」
「大好き。」

いつも聞きなれた言葉、いつもと同じ会話・・・それでも琴子にとって特別な日であれば、それ
はいつもより特別な意味を持った言葉になる。

そしてオレは、返事の代わりにその唇にくちづける・・・


いつもならとびきり甘いはずのバレンタインのキス。
それなのに、今年のキスは、ほんの少しビタースウィートな味がした・・・


                                           END


Menu